大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(う)625号 判決

本籍

大阪府八尾市山本町北三丁目六一番地

住居

大阪府吹田市藤白台四丁目二三番一号

会社役員

吉村武雄

大正一四年三月三〇日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六一年五月二二日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 大口善照 出席

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小嶌信勝、同渡邊俶治連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官大谷晴次作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、量刑不当を主張し、原判決の量刑は、被告人に対し刑の執行を猶予しなかった点で重過ぎて不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して案ずるに、本件は、廃棄物処理業等を目的とする株式会社大阪環境処理センター(以下「大阪環境」という)及び旅館業を目的とする株式会社サンワ(以下「サンワ」という)の各代表取締役である被告人が、右各会社の業務に関し、所得の一部を秘匿して法人税を免れようと企て、「大阪環境」については、売上の一部除外、架空の支払捨場料の計上など、「サンワ」については、売上の一部除外等の方法により、それぞれ実際所得を過少に計上したうえ、いずれも、昭和五八年一月期(正確にいえば、「大阪環境」については、昭和五七年一月二一日から同五八年一月二〇日までの事業年度であり、「サンワ」については、昭和五七年二月一日から同五八年一月三一日までの事業年度であるが、説明の便宜上、いずれについても昭和五八年一月期の事業年度という。以下同様、事業年度の年月期は当該年度の終期の年月期をもっていう。)、同五九年一月期、同六〇年一月期の各三事業年度の各法人税につき虚偽過少の確定申告をし、法人税を免れた事案であって、その逋脱税額は、「大阪環境」については、昭和五八年一月期分二億四五一三万〇七〇〇円、同五九年一月期分二億五二六六万円、同六〇年一月期分三億三四二三万〇九〇〇円、以上合計八億三二〇二万一六〇〇円、「サンワ」については、同五八年一月期分一九二二万九四〇〇円、同五九年一月期分一五六一万九一〇〇円、同六〇年一月期分一二一九万三〇〇〇円、以上合計四七〇四万一五〇〇円であって、本件逋脱税額の総計は八億七九〇六万三一〇〇円に上り、この種事犯にあって、その金額は極めて巨額であり、かつそのうえ、その逋脱率も、各年度順に、「大阪環境」については、約八七パーセント、約八六パーセント、約八五パーセント、「サンワ」については、約九八パーセント、約九九パーセント、約九〇パーセントと、いずれも著しく高率であり、しかも、「大阪環境」の分については、その逋脱税はその絶対額において事業年度につれて、年々増加しているのである。

また、本件全逋脱税額の大半(=約九五パーセント)を占める「大阪環境」の分についてみるに、右「大阪環境」は、その創成期の個人営業時代から、被告人の営業として、被告人が専らその経営方針ないしは営業方針を計画設定すると共に、その業務に専従して次第にその業績を拡大し、株式会社として今日の成長を遂げるに至った被告人がオーナーの会社であって、本件一連の脱税の犯行も、専らオーナー社長である被告人の意向に基づき、多額の裏金作りの目的で計画的に遂行されたものである。そして被告人において、部下の者に対し、同社分の主たる逋脱の方法である現金売上の一部除外については、売上高に対する具体的な割合をもって指示し、架空の支払捨場料については、あらまし月毎に大枠的な計上金額を示して指示していたものである。更には、本件脱税の主たる動機が後記のように主に「大阪環境」のための資金準備にあったものとはいえ、逋脱による金の一部は、被告人もしくはその家族の生活費等に継続的に当てられていたほか、被告人の私財である絵画など高価な美術工芸品の購入に投入されており、この点も、本件の犯情を考えるうえで看過し難いところである。

以上にみたような、本件事犯の罪質、税逋脱の規模、逋脱回数、その継続性、逋脱についての被告人の関与の度合ないし程度等にかんがみると、被告人の刑責には重いものがあるといわなければならない。

所論は、本件、とくに「大阪環境」にかかる犯行が大型脱税事犯としての性格を有する点に関連して、被告人は過去二十余年の間、個人営業時代においては勿論、会社組織になったのちにおいても、税務当局の本格的な査察、調査を受けたことがなく、ただ昭和五七年の税務調査の際一八〇〇万円余の外注費の架空計上を指摘されたが、これも当時被告人か加入していた同和関係の政治団体である大阪府中小企業連合会(以下「中企連」という)が窓口になって税務当局と接渉した結果、当局指摘の金額の修正申告に応じることで落着し、それ以上の突っ込んだ調査は行われず、かかる税務当局の職務怠慢が本件脱税を大型化した遠因にもなったと思われ、当局の職務怠慢の点を考慮しないで、被告人のみに厳罰を科するのは、公平の観点から説得力を欠くものであり、また検際官は、答弁書において、被告人は中企連をかくれみのにして積極的に脱税したというが、検察庁においては、中企連の役割の実際等につき何等捜査をすることなく、ひとり被告人のみを厳しく訴追し、厳罰を求めるのは、甚だ社会的公正を欠く措置であると主張する。

しかし、被告人は、中企連を納税に関する税務当局との交渉の窓口にすることが、税務対策ことに所得秘匿上も有益であることを知悉したうえで中企連に加入したものであり、従前における税務調査が形式的なものにとどまったのも、それには中企連の存在が与って力のあったことは否定できないところであり、このことを被告人は十分承知していたものであるから、本件脱税が大型化した一因を右従前における税務当局の対応に帰責することは、公平の見地からも当を得ないものといわざるをえないし、また、前記の被告人が中企連に加入した意図等(もっとも、被告人が中企連など同和関係の政治団体に加入した理由は、ひとり税務対策にのみあるものではなく、所論が指摘するような事情によるものであることも否定できないところではあるが)に照らし、所論の指摘する前記検察官の批判的見解も、見当違いの意見であるとはいい難いところである。以上いずれにしても、右所論の指摘する点は、むしろ被告人に不利な事情というべく、いずれも本件事案の量刑上被告人に有利に斟酌すべき事情であるとは認め難く、所論には左袒できない。

所論は、また、原判決が量刑の理由説示の項において、被告人を実刑に処すべき不利益な情状として挙示するもののうち、〈1〉「大阪環境」の主たる脱税方法の一つである売上除外について、被告人がその割合まで指示したとする点は誤っており、被告人においては、事業年度の当初において裏金の所要額を包括的に指示したにとどまり、個々の売上除外の割合は高橋専務に一任していたというのが事の真相であり、また、〈2〉原判決が逋脱した金の一部は被告人の奢侈のため使用されていたとする点は、絵画など高価な美術品を購入したことを指摘するものと思料されるが、それは被告人が長年にわたり蓄積した個人資産をもって購入に当てたものであり、従って、以上の点において原判決は事実を誤認しているのであって、原判決には量刑の基礎となる重要な事実につき事実の誤認がある、というのである。

しかし、先ず、売上除外に関する点については、被告人において、無数ある現実の個々の売上につき、その除外対象を個別に直接に指示したものでないことはいうまでもないことであるが、関係証拠によれば、被告人は月例開催の業務会議に提出される各月の売上実績等を記載した資料に基づいて毎月の売上動向を把握しながら、高橋専務に対し売上の除外割合を直接指示しているのであり、これを受けた同専務において経理担当職員は必要な指示を与え、経理操作をしていたことが認められるのであるから、この点に関する原判決の判示に誤りはなく、また、右所論〈2〉の美術工芸品の購入についていう点も、その資金として本件逋脱にかかる金員を当てたものであることは、被告人が検察官の取調べに対し、その対象品目を特定するなどして具体的、詳細に説明して供述するところであり、関係証拠と対比しても、右供述に疑念を差しはむべき点は見出し難い。右所論は、いずれも採るをえない。

ところで、被告人の本件各犯行についての犯情、その他の情状については以上説示してきたとおりであるが、他方、所論のるる指摘する次のような被告人のため斟酌すべき事情も認められるのである。

すなわち、〈1〉先ず、「大阪環境」にかかる所得秘匿の主たる方法は、現金売上の一部除外及び架空の支払捨場料の計上(右両者の方法による逋脱所得の全逋脱所得に占める割合は約九一ないし九九パーセントである。)であるが、その逋脱の方法は、それが多分に厳格な税務調査がなされないことを予期していたことによる点があるとはいえ、後者につき社内処理の方法で振替伝票が作成された事実が存する程度で、それ以上に、脱税工作のため複雑な経理操作をしたり、関係取引先と通謀するなどした悪質な偽装工作は格別なされておらず、現金売上のの除外部分も、すべて裏帳簿に記帳され、かつ、これらの資料は廃棄されずにそのまま保管されていたのであり、それがため、後記のような本件の調査、捜査に対する被告人の協力的態度とも相俟って、巨額に上る本件脱税の内容が、比較的短期間の内に、しかもその全容を把握するなどに徹底した解明がなされるに至ったものであること、〈2〉本件犯行の動機の点で、「大阪環境」の件については、同社において現在同社が使用中の廃棄物の算終処分地に代わる新規の代替用地を取得する必要があったほか、既存の中間処理設備(=焼却炉)につきその低公害化のための設備更新等が必要とされていた関係で、近い将来に相当巨額の資金を支出しなければならないという同社の事情があったのであって、本件犯行の主たる動機は、右のような同社の事業継続上不可欠な必要資金を準備することにあったこと、〈3〉被告人は、本件査察が着手された後においては、調査、捜査に応じ、本件脱税に至った経緯、その手口、方法、自己の犯行への関与の程度、状況、その他本件犯行の前後の事情を含め全般にわたる事実関係につき率直に供述し、公判段階に至っても、起訴事実を全面的に認めて争わないなど迅速な審理に終始協力的態度を示していること、〈4〉そして被告人は、本件起訴と同時に本件違反にかかる修正本税を即納したほか、原審段階において、重加算税、延滞金、地方税をすべて完納(右納付にかかる修正本税等は「大阪環境」分が一八億四七四〇万円余、「サンワ」分が一億二六五六万円余で、両社分合計は一九億七三九七万円)して、反省の情を示していること、その他、〈5〉被告人には、従前本件同種の租税事犯の前科はなく、被告人は、地域社会の良好な生活環境保全等と密接に関連する産業廃棄物の処理業界において、現在ではその設備の規模、能力、営業実績等の面で業界屈指の優良業者と評価されている「大阪環境」の育成に長年尽力してきたもので、右事業を通しての地域社会への貢献度にも評価すべきものがあること、また、同会社の存続、事業の継続については、被告人の存在が極めて重要な意味を有すること等の事情が認められるのである。

しかしながら、前に説示した本件各犯行の犯情、その他の情状にかんがみると、原判決もいうように被告人の責任は甚だ重いものがあるといわざるをえず、以上のような被告人に有利な情状のほか、所論指摘の原判決当時存在した被告人のために酌むべき諸事情を斟酌しても、本件が被告人に対し刑の執行を猶予するのを相当とするのを相当とする事案とは認め難いところであり、被告人を懲役一年四月の実刑に処した原判決の量刑は、原判決言渡時を基準としてみる限り、刑期の点においてもやむをえないところであって、不当に重過ぎるとまでは考えられない。

しかし、当審で取り調べた証拠によれば、原判決言渡後、被告人において、原判決が本件逋脱金の奢侈への流用として指摘した前記の絵画などの美術工芸品を売却処分した得た金三五四三万円と、これに自己が長年の間に蓄積した私財を売却処分して得た金員とを合せた合計一億三〇四三万円を、自己が不正に納税義務を免れたことにより、万一にも福祉機関への公的資金の流入が手薄になった事態を慮り、その直接的補填の意味をも込めて、贖罪のため、大阪府福祉基金、大阪市福祉協議会など公共福祉関係の六団体に寄付して、自己の深い改悛の情を披瀝しており、また、原審において本件と併合審理された被告人がその各代表取締役で代表者である「大阪環境」及び「サンワ」の両会社に対する法人税法違反被告事件についての原審の有罪判決については、そのいずれについても控訴せず、その罰金合計二億一二〇〇万円を右判決後間もなく全部納付していることが認められるのであり、これら原判決後の事情を前記被告人のため酌むべき事情とを併わせ斟酌考慮すると、現時点においては、なお本件につき刑の執行を猶予することは相当とするまでの事情は認め難いところであるが、原判決の前示量刑は刑期の点で重きに失し、これを破棄しなければ明らかに正義に反するものと認められる。

よって、刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決の認定した事実にその挙示する法条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 家村繁治 裁判官 田中清 裁判官 久米喜三郎)

○控訴趣意書

法人税法違反 吉村武雄

右被告人に対する頭書被告事件について、昭和六一年五月二二日大阪地方裁判所第一二刑事部が言い渡した判決に対し、弁護人から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりです。

昭和六一年九月二七日

右被告人弁護人

弁護士 小島信勝

弁護士 渡邊俶治

大阪高等裁判所第六刑事部殿

目次

第一 はじめに・・・・・・1804

第二 「大阪環境」の脱税の主たる動機・原因について・・・・・・1808

一 はじめに・・・・・・1808

二 設備投資資金蓄積の必要性について・・・・・・1808

三 廃掃法の不備による資金蓄積の必要性について・・・・・・1819

第三 「大阪環境」の脱税が大型化した誘因について・・・・・・1823

一 実質上税務調査権の放棄について・・・・・・1823

二 実質上の税務調査権を放棄した原因について・・・・・・1825

三 同和関係団体を通じて税務申告をした事情について・・・・・・1827

第四 同和関係団体の税務申告代行を巡る問題について・・・・・・1831

第五 「大阪環境」の脱税の手段・方法について・・・・・・1835

第六 被告人(「大阪環境」)の社会に対する貢献度について・・・・・・1837

第七 被告人の存在の不可欠性について・・・・・・1841

第八 株式会社サンワの脱税について・・・・・・1845

第九 被告人の改悛の情について・・・・・・1846

第一〇 同種事件の裁判例との比較について・・・・・・1849

第一一 脱税事件の初犯者に、自由刑の実刑を課すことの当否について・・・・・・1857

一 はじめに・・・・・・1857

二 我が国における税制の経緯と国民全般の納税意識について・・・・・・1857

三 国の税務行政、租税検察の現状について・・・・・・1861

四 まとめ・・・・・・1864

第一二 おわりに・・・・・・1868

原審裁判所は、罪となるべき事実として、起訴状記載の事実を認定して、「被告人を懲役一年四月に処する。」旨の判決を言い渡しましたが、右判決は、以下述べる本件犯情に照らして、被告人を実刑に処した点が量刑重きに失し不当であるから、これを破棄して、刑の執行を猶予する判決をすべきであると思料します。

第一 はじめに

本件は、被告人が株式会社大阪環境処理センター(以下「大阪環境」という。)及び株式会社サンワの代表取締役として、右両会社の業務全般を統括中、「大阪環境」の昭和五七年度ないし同五九年度分の法人税計八億三、二〇二万一、六〇〇円及び株式会社サンワの前同三年度分の法人税計四、七〇四万一、五〇〇円、合計八億七、九〇六万三、一〇〇円を脱税した事案であります。

その脱税額の大半をしめる「大阪環境」の脱税は、脱税額が多額で逋脱率も高いのですが、このように大型脱税をするに至った動機・原因は、単なる私利私欲からではなく、産業廃棄物の「収集・運搬」「中間処理」「最終処分」を一貫して行う優良な産業廃棄物処理業を経営するには、莫大な設備投資資金を必要としますので、その主たる動機・原因は、その設備投資資金を蓄積することにあったのです。

また、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(以下廃掃法という。)の不備により、「大阪環境」が取り扱っている産業廃棄物の約半数を占める新築工事現場から排出される廃棄物は、大阪市の行政指導では「産業廃棄物」とされているのに、厚生省及び大阪府の見解では「一般廃棄物」とされているため、何時廃掃法違反で検挙されたり、廃棄物処理業の許可権限を持つ地方自治体が、廃掃法の解釈・運用について何時厚生省と同一見解に変更し、「大阪環境」に対し事業方針の転換を要請するかも分からないという危険性があり、このような不測の事態に備えて資金蓄積の必要性がありました。若し、大阪市が、建設廃材については従来の見解を改め、厚生省の見解に従うように方針が変更されたならば、「大阪環境」としては、従来新築現場から排出される廃棄物を産業廃棄物として処理していたのに、一般廃棄物となるために処理することができなくなり、事業の約半分が麻痺状態になる虞があるからです。

また、通常、大型の脱税事件は、その犯行の手段・方法が巧妙で、通常の税務調査ではなかなか発見できないために脱税額が多くなるのが通例です。このような犯行の手口の巧妙・悪質な事案については、脱税額が多額に上れば、実刑に処すべきときもあろうかと考えますが、本件犯行の手段・方法は、極めて幼稚であり、どのような頼りない税務職員が調査されましても、いとも簡単に発見できるものばかりです。それなのに、何故長年にわたり発見されなかったかと言えば、会社設立当初から、三年ないし五年に一度実施されてきた定期的税務調査がすべて形式的で実質的調査が行われたことがなく、税務当局が実質上税務調査権を放棄していた状態が続いていたからです。そのために、「大阪環境」としては、多額の設備投資資金等の蓄積の必要性に迫られていた関係上、ズルズルと脱税額が多額に上ってしまったのです。

また、地方公共団体が処理責任のある一般廃棄物の処理施設設置についても、付近住民の反対が強く、その処理設備が不十分であるために、各地の地方自治体から優秀な設備を持つ「大阪環境」の処理設備に依存されることが多く、現在、「大阪環境」では、大阪市を始め多くの地方自治体や地方公共団体から委嘱され、本来地方自治体が処理しなければならない廃棄物の処理を実施しており、被告人及び「大阪環境」がこの廃棄物処理関係で、地方自治体、地方住民等に、「公害防止」「環境衛生の保全」等で尽くしてきた功績は極めて大であります。このように、公益性の強い産業廃棄物処理業を営む「大阪環境」は、今や産業廃棄物処理業界においてはもとより、関係地方自治体にとりましても、必要不可欠となっています。

その上、同社では、中間処理施設の改修・拡充、最終処分地の拡充、焼却炉の改修等被告人が率先して実行しなければ実現できにくい事業が山積しており、「大阪環境」にとって、被告人は一日たりとも欠かすことのできない必要不可欠の人物であります。

更に、被告人は、本件で捜索を受けてから直ぐ前非を悔い、正直に自白するとともに、「大阪環境」設立以来、簿外で蓄積した資産全部を査察官に提出し、起訴と同時に、国税局の調査どおりの修正申告をして脱税の本税全額を納付し、その後重加算税等について、金額が確定次第全額納付し、その上、「大阪環境」について、査察対象年度外の分についても、会社設立後簿外で蓄積した資産全部を公表帳簿に計上しました。

このように改悛の情が極めて顕著であります。

これら被告人に有利な情状につきましては、原審の弁論で略全般にわたり詳細に述べたのですが、原判決は、「本件中ほ脱額の多い被告会社大阪環境センターに関する犯行の主たる動機が、優良な産業廃棄物処理業者となるための資金の蓄積にあったこと、本件各ほ脱の手口も格別巧妙な手段を用いるとまではいえないこと、本件すべての違反に伴う修正本税、重加算税等が既に納付済みであること、被告人の反省の情状等弁護人らの指摘する被告人に有利な諸事情を十分考慮にいれ」たとしながら、なお、「本件は廃棄物処理業を営む被告会社大阪環境センター及び旅館業を営む株式会社サンワの各代表取締役である被告人が、右各被告会社に関し、それぞれ三事業年度にわたり合計八億七、九〇〇万円余(うち、八億三、二〇〇万円は被告会社大阪環境センターに関するもの)の巨額の法人税を免れた事案であり、そのほ脱率も被告大阪環境センターにつき平均約八六パーセント、被告株式会社サンワにつき平均約九六パーセントといずれも高率であるうえ、被告人において本件ほ脱の主たるものの一つである売上除外についてはその割合まで指示していたこと、本件ほ脱額の一部が被告人の奢侈のために使用されていたこと等の事情からすれば、被告人の責任は甚だ重いといわざるを得ない。」として、「前記本件のほ脱額等に照らし、刑の執行を猶予するのは相当でない」との理由で実刑判決を言い渡しました。

原判決は、このように、弁護人らの指摘する被告人に有利な諸事情を十分考慮にいれたように記載していますが、原審裁判官は、結審直前に交替された方で、その後一回公判が開かれただけで、被告人・弁護人が公判審理促進に協力して情状証人の申請も行わずに恭順の意を表したもともあり、裁判官による被告人質問も全くないまま簡単に結審しており、この審理状況と量刑についての判示全体を総合しますと、脱税額が巨額であること、脱税率が高率であることのみを重視して、弁護人の指摘した産業廃棄物処理業の公益性、優良な産業廃棄物処理業者となるには、莫大な資金が必要であること、廃掃法に不備・欠陥があるため不測の事態に備えて資金を蓄積する必要があること、「大阪環境」設立以来、税務当局の定期的税務調査が形式的で、実質上税務調査権を放棄していたこと、本件犯行の手段・方法が極めて幼稚で、簡単な調査で直ぐ発覚するものであること、被告人及び「大阪環境」の社会に対する貢献度が高いこと、その貢献度の高い「大阪環境」にとって被告人は一日も欠くことのできない存在であること、被告人の改悛の情が極めて顕著であること等の情状を軽視し、常に脱税のワーストナンバーワンないしスリーとなっているパチンコ業者等の私利私欲のみを目的とした極めて悪質な手口による多額の脱税事件と同視し、被告人を実刑に処したもので、特に、被告人の犯行の動機・原因を軽視した上、被告人を実刑に処すことが、真に国及び国民全体のためになるかどうかの点について深く考慮されていない憾みがあります。

本件犯行の主たる動機・原因は、公益性の強い産業廃棄物処理業発展のための設備投資資金の蓄積にあったことは明白であり、前記被告人に有利な情状をよくご賢察賜れば、「大阪環境」にとってその存在が一日も不可欠である被告人を実刑に処し、「大阪環境」の経営を混乱させ、その担税能力を減退または消滅さすよりも、六一才を越え、後一〇年事業の発展に執念を燃やしている被告人に対し、執行猶予の恩典に浴させて感動させ、産業廃棄物処理業界はもとより関係地方自治体にとりましても、廃棄物処理行政上欠くことのできない功績・貢献度の高い「大阪環境」の経営をより一層充実強化させて担税能力を向上させることが、国家社会・国民全体のためになると確信いたします。

以下、これらの情状について詳記いたします。

第二 「大阪環境」の脱税の主たる動機・原因について

一 はじめに

本件犯行の主たる動機・原因は、被告人が環境保全の一翼を担う公共性をもつ産業廃棄物処理業を営む「大阪環境」を、社会のためになる立派な産業廃棄物処理業者とするために、その設備投資資金等を蓄積しようとして行ったものであり、それに加えて、廃掃法の規定の不備等により、行政当局の法令の解釈適用の齟齬・変更等からくる不測の事態に備えての資金蓄積の必要性から行ったものであり、単なる私利私欲から本件反抗を犯したものではありません。右前段の点は、原審判決も「本件中ほ脱額の多い被告人会社大阪環境センターに関する犯行の主たる動機が、優良な産業廃棄物処理業者となるための資金の蓄積にあったこと」を認定しているのですが、このことを認定しながら、一般の刑法犯でも犯行の動機・原因がその量刑に多大の影響を及ぼすのに、あえて被告人を実刑に処したのは、いささか理解に苦しむところであり、また、後段の法令の不備の点は、原判決では全く不問に付されています。しかし、いずれも量刑上極めて重要な情状であると思料します。

二 設備投資資金蓄積の必要性について

1 はじめに

産業廃棄物処理業は、昭和四六年九月二四日施行の「廃掃法」によって初めて規定された業種ですが、単なる営利事業ではありません。廃掃法一条に規定している「廃棄物を適性に処理し、及び生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図る」という廃掃法の目的を達成するために定められた業種でありまして、産業廃棄物の「収集・運搬」「中間処理」「最終処分」のいずれの業も都道府県知事の許可を要し、その業務内容を都道府県知事に対して報告する義務があり、そのための帳簿の記載や保管まで法令で定められており、地方自治体の廃棄物処理行政と環境衛生保全上国民生活に深く関わり合いのある多分に公益性を帯びた事業であります。

また、産業廃棄物の「収集・運搬」「中間処理」「最終処分」の各業を一貫して行う優良な産業廃棄物処理業者を育成することは、厚生省環境衛生局及び通産省中小企業庁が強く要望しているところであります。(原審弁三号証、厚生省環境衛生局水道環境部産業廃棄物対策室編集「産業廃棄物処理ハンドブック」中、昭和五八年一一月三〇日付け生活環境審議会答申、同弁二号証、中小企業庁発行の「産業廃棄物処理業の経営」参照)

しかし、廃掃法が施行されましてから、全国的にその許可業者は増加の一途を辿っていますが、その許可件数の約八八%は、「収集・運搬」のみの業で、「収集・運搬」「中間処理」「最終処分」の三部門全部の許可を取得している業者は極めて少なく、全体の約一%強に過ぎません。産業廃棄物の処理業者の許可件数が如何に増加しましても、「収集・運搬」のみの零細業者ばかり増加したのでは、過当競争が激化するばかりでなく、そのために廃棄物の不法投棄等の違反行為が増加し、今なおその跡を断たない実情にあります。警察庁の統計資料によりますと、昭和五八年度の廃棄物処理法違反の態様は、不法投棄が全体の違反の七九・六%を占めています。また、産業廃棄物の不法投棄等の状況を見ますと、昭和五九年度で建設廃材の不法投棄がトップで、全体の八〇・八%を占めている状況です。(前記「産業廃棄物処理ハンドブック」中、資料編公害事犯取締りにおける産業廃棄物関係の概要参照)

産業廃棄物処理業界がこのような状況にありますので、昭和五八年一一月三〇日付け生活環境審議会の厚生大臣に対する答申の中に「産業廃棄物処理業者の産業廃棄物処理に果たしている役割の大きさにかんがみ、優良な産業廃棄物処理業者の育成等産業廃棄物処理業界の処理体制の充実を図る必要がある。」と明記され、優良な産業廃棄物処理業者の育成の必要性が強調されています。(前記「産業廃棄物処理ハンドブック」中の生活環境審議会答申参照)

しかし、優良な産業廃棄物処理業者となるためには、巨額の設備投資資金と時間が必要であるために、その育成は遅々として進まないのです。この点は、弁護人が原審で証拠として提出しました前記弁二号証中小企業庁発行の「産業廃棄物処理業の経営」の中に、「はかり知れない投資と時間を必要」とすることが詳細に説明されているところから明らかであります。

また、中間処理業及び最終処理業の処理施設の設置には、廃掃法上いろいろな規制がある上、廃棄法以外の関係法令による基準、規定手続などが届出上必要です。その関係法令を挙げると、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、騒音規制法、振動規制法、悪臭防止法、建築基準法、都市計画法、土地利用規制法、森林法、農業振興整備に関する法律、自然公園法、砂防法、地すべり防止法、工業用水法、河川法、土地緑地保全法の一六の多きに上っています。

このように、焼却炉等の中間処理施設や最終処分場を持つ産業廃棄物処理業を営むには、厳しい法令による規制がある上、莫大な資金と時間が必要なのです。「大阪環境」のような「収集・運搬」「中間処理」「最終処分」の各処理業を一貫して行う優良な産業廃棄物処理業者の利益率は、他の業種に比較して比較的高いので、本来なら自由経済社会の法則で、同規模の業者が直ぐ増加する筈ですが、「収集・運搬」のみの業者だけが増加して、「大阪環境」のような大規模の焼却炉等を持つ経営規模の優良業者が一向に増加しないのは、前記のように、「中間処理施設」や「最終処分場」の設置には、厳しい法令による規制がある上、地元住民の反対が強いため、莫大な資金と時間を必要とし、余程資金的に余裕がないと設備投資が困難であるためです。優秀な施設を設置することは、環境衛生上も極めて好ましく、その施設さえ完備できたら相当な利益が挙ることが分かっていても、なかなか「大阪環境」のような優良な産業廃棄物処理業者が育たないのです。

2 「大阪環境」の中間処理施設の設備投資について

産業廃棄物処理業界の実態・実情がこのような中で、被告人は、廃掃法により産業廃棄物処理業が法律で認められる以前から、主として建設業の新築現場で排出される廃棄物を処理する業を発案して、最初は個人事業として始め、ホコリとゴミにまみれながら汗と油を流して死者狂いで働き、廃掃法が制定施行された昭和四六年に「大阪環境」の前身である「吉村興業株式会社」を設立し、折柄日本列島改造ブームの好景気にも恵まれ、設備投資資金の蓄積に努力し、次いで、昭和四九年三月「大阪環境」を設立し、大阪市の強い行政指導に基づいて、同年一〇月に、民間の産業廃棄物処理の焼却炉としては全国一の焼却炉を建設しました。

この焼却炉の完成が今日の「大阪環境」の繁栄の基礎となったものですが、この焼却炉完成時までに要した設備費は、土地購入代、建物建設費、焼却炉建設費で計四億三、五一〇万円に上っています。(原審弁二〇号証被告人供述書二頁参照)

この焼却炉設置後も、その補修・整備・拡張・改造等のため莫大な資金を投じてきました。この焼却炉設置後現在までに要した主な設備拡張費だけでも、土地購入代、焼却炉同工場改造費で計九億九、四〇八万五、〇〇〇円を要し、焼却炉の設備費を全部合計しますと、一四億二、九一八万五、〇〇〇円の巨額に上っています。(前記原審弁二〇号証二頁ないし五頁参照)

この焼却炉の建設および拡張等のために要した設備投資資金として、金融機関等から借入れた額は計九億七、一八五万円で、差引き四億五、七三三万五、〇〇〇円を自己資金で賄っています。(前記原審弁二〇号証五頁参照)

この焼却炉施設は、大阪府公害防止条例による公害規制基準には適合しているのですが、設置当時は付近に殆ど住宅がなかったのに、最近では住宅や工場が密集してきており、最近の付近住民の公害問題意識の向上に加え、昭和六五年に、この焼却炉がある大阪市鶴見区内で「花の万博」が開催されますので、「花の万博」開催にも備え、この焼却炉から出る煙による大気汚染を可能な限り少なくするために、電気集じん機の設備投資を計画し、大阪市環境事業局及び同市環境保健局の了解を得て計画の実行に移っており、昭和六二年春ころ完成の予定になっています。(前記原審弁二〇号証七頁八頁参照)

また、この焼却炉の隣にあります昭和四五年ころに建設された守口市の焼却炉が、昭和六〇年九月二六日から同六三年三月三一日までの予定で、全面改造に着手しましたので、「大阪環境」の焼却炉も昭和四九年の建設ですから、数年後には全面改造を考慮すべき時期が訪れようとしています。守口市の焼却炉と「大阪環境」の焼却炉の規模は略同様で、守口市の方が少し大きい程度です。同市の右焼却炉の全面改造の予算は三八億四、九四〇万円です。(この点は、控訴審において立証します。)

そこで、「大阪環境」においても、数年後を目標にこの設備投資資金を蓄積する必要に迫られています。(前記原審弁一号証二二頁参照)

また、「大阪環境」では、現在経営に行詰まっている堺市築港新町三丁目三一番地所在、大阪塗料溶剤協業組合(代表者水谷小一郎)経営の廃油、汚でい等の中間処理場の譲渡承継の依頼を受け、年内に譲り受けざるを得ない公算が大であります。この処理場を譲り受けるには、約一〇億数千万円は必要です。この処理場を譲り受けたならば、約一年間は従来の方法で運営し、その間に徹底的に実地で研究して大改造をし、経営の合理化を図る予定です。その大改造の際にはまたかなりの設備投資資金が必要です。

この組合は、昭和四三年六月三日に設立され、関西ペイント株式会社、大日本塗料株式会社、神東塗料株式会社等有名塗料会社を始め二七社が出資して出来た協業組合で、廃溶剤を還元して良質の溶剤を回収し、廃塗料を焼却処理し、塗料古缶をプレスまたは燃焼等して無公害処理することを業務内容としており、敷地一二、六七四平方メートル(約三、八三四坪)の塗料等の中間処理場ですが、最近塗料業界自体が不況で経営不振であり、かつ、この組合の従業者が各社の派遣で、寄り合い所帯であり、民間の組合でありながら、事なかれ主義が支配し、民間活力がいかされずに経営が行き詰まったため、その譲渡承継を依頼されたのです。若し、この処理場を「大阪環境」が譲り受けなければ、この処理場が閉鎖される虞があり、そうなれば、塗料会社二七社の廃油・汚でい等の処理施設がなくなり、不法投棄が横行することになりますので、「大阪環境」としては、公共的見地からもこれを譲り受け、被告人の独創力で経営の合理化を図り、立派な中間処理場にしようとしているのです。この組合のように、多額の設備投資資金を投じて、立派な中間処理施設を設けても、その運用が悪いと、このような結果になるのです。(廃油、汚でい等の中間処理場購入の点は、控訴審において立証します。)

3 「大阪環境」の最終処分場の設備等しについて

次に、「大阪環境」では、昭和五〇年ころから約三年がかりで、堺市美木多に約五、〇〇〇坪の産業廃棄物最終処理場の用地を確保しましたが、この最終処理場の設置許可が下りた昭和五四年四月までに要した費用は、土地購入代、設備費用で計二億四、〇二三万七、一五七円を要し、この設置許可後拡張した費用は、土地購入代、設備追加費用で計二億五、〇五四万円を要し、この最終処理場の設備投資を合計しますと、四億九、〇七七万七、一五七円に上っています。

この設備投資のために金融機関等から借入れた額は、二億一、七〇〇万円で、その差額二億七、三七七万七、一五七円を自己資金で賄っています。(前記原審弁二〇号証五頁六頁参照)

この処理場は、後残り少なくなりましので、「大阪環境」では、目下、三重県上野市長田で約二万五、〇〇〇坪と兵庫県明石市大久保で約二万ないし二万五、〇〇〇坪を最終処理場の用地として物色中ですが、なかなか難航しています。上野市の土地は、地元の教育委員会が、処理場に通ずる道路の近くに学校があるから、道路を幅二米拡張して、学童専用道路をつくらなければ処理場設置に反対だというので、地元の反対派もこれに同調しており、産業廃棄物処理業者として、このような工事をすることは困難であり、それに加えて、土地買収予定地の隣接者は二五名ですが、その半数の者が同意する条件として裏資金を要求しており、反対派七名も暗に裏資金を要求する態度を示しているため難航しています。また、明石市の土地は、沢山の地方議員の利権がからんでいますので、難航しているのです。この新処理場確保に要する資金を概算しますと、三重県では、約六億五、〇〇〇万円、明石市では約八億円余りかかる予定です。しかも、この最終処理場を確保するには、早くて三年以上かかります。(前記原審弁一号証二二頁ないし二八頁参照)

また、これらの最終処理場の確保が難航しているために、新たに、兵庫県加東郡社町久米所在の山林約一四万八、九〇〇平方メートルについて、これを確保すべく交渉中です。この土地は比較的有望な土地なのですが、交渉の過程で仲介者から裏金として四億円という莫大な金員の要求がありました。本件脱税で検挙される前ですと、簿外で蓄積した資金からこの裏金を出せば、直ぐ契約が成立するのですが、「大阪環境」では、現在裏金は一切ありません。銀行借入で公表帳簿から四億円支出することは可能ですが、公表帳簿から支出すると売主に課税されるので、売主から反対されるため、この件も裏金として四億円の資金を捻出することが出来ないので難航しています。また、本年七月に、近畿土地建設興業株式会社が現に経営している産業廃棄物最終処理場(神戸市西区神出町東所在、土地計一四万六、八三四平方米、建物延べ一六一・七平方米)について、売買譲渡の仲介があり、目下検討中です。その価格は三八億円で、余りにも高価なので採算の面で問題があり、考慮中です。この会社は、産業廃棄物処理の専門業者ではなく、ただ、最終処理場さえ大きいのを作れば利益が挙がると軽信して最初から膨大な施設を完成させて処理業を始めたところ、その施設に見合う処理廃棄物が集まらないために、採算が採れなくなったようです。最終処理場の経営もそのような簡単なものではないのです。(これらの最終処分場設置の問題については、さらに控訴審で立証します。)

このように、最終処分地の確保には、莫大な資金が必要であり、多くの裏金も必要であるとともに、新たに設置しようとすると、地元の反対運動が熾烈で、どうしても長期間を要し、社長自らの積極的交渉と経緯に基づく勘と決断が必要なのです。

4 まとめ

このように、厚生省や通産省が推進されている優良な産業廃棄物の大手業者として、「収集・運搬」「中間処理」「最終処分」の一貫システムを持って、立派に業務を遂行するには、「大型焼却炉」等の「中間処理施設」と「最終処分地」を設置・設備する必要があり、その設置・拡張・補修・改造等には莫大な資金が必要なのです。

「大阪環境」では、前記のとおり、焼却炉関係と最終処理場関係で

合計一九億一、九九六万円余り

の設備投資を行い、被告人の努力により、その間に、金融機関から

計一一億八、八八五万円

の融資を受けましたが、このように公益性のある事業であるのに、産業廃棄物処理業者に対する融資制度等が極めて不備であるため、なお、設備投資資金が相当不足し、

七億三、〇〇〇万円余り

の自己資金を投じてきました。

更に、「大阪環境」では、前記中間処理施設の拡充、最終処分場の拡充、焼却炉の大改修、本社社屋の建設(焼却炉の改修工事では本社社屋を除去する必要があるため、本社の新社屋を建設する必要が生じたもの)等の設備投資に今後四、五〇億円に上る巨額の資金を必要としますので、簿外で設備投資資金を蓄積してきたのです。脱税してきたことは悪いのですが、若し、脱税して資金を蓄積してこなかったならば、このような自己資金の拠出は到底困難であり、被告人の経歴では、多額の融資をしてくれるところもなく、精々ダンプカー数台で廃棄物を収集・運搬する業者にしかなれなかった筈です。

一方、「大阪環境」のように、行政当局の指導指示を守り、大型焼却炉や最終処分地を確保保有して、事業所から排出される産業廃棄物を適正に収集・運搬・中間処理・最終処分をしている業者は、公害防止上、また、生活環境保全上社会に相当寄与・貢献しているのですから、これらの設備投資には、国が融資面や税制面で思い切った優遇策を講ずべきですが、現実には、これら莫大な設備投資資金を確保するためには殆ど機能していないのです。

前記中小企業庁発行の「産業廃棄物処理業の経営」の中に、産業廃棄物処理業者に対しても、「中小企業設備近代化資金」「公害防止事業団」等から融資が受けられるように記載されていますが、実際にその融資を受けようとしますと、色々な規制がありまして、「大阪環境」のような従業員が一〇〇名を越え、資本金が四、八〇〇万円の会社には、低利融資の制度がないのです。

産業廃棄物処理業は、行政管理庁の日本標準産業分類によると、大分類では「サービス業」に属し、その中の中分類では、89-8921の「産業廃棄物処理業」となっています。(行政管理庁発行、日本標準産業分類三八六頁四四三頁参照)

また、中小企業基本法によると、その二条に中小企業者の範囲が規定され、「サービス業」は、資本の額が一、〇〇〇万円以下で従業員数が五〇名以下の会社又は個人でなければ該当しないのです。この中小企業に該当する者には、比較的有利な条件で融資されるようになっているのですが、これに該当しない者は大企業の範疇に入れられるので、融資制度があっても、その条件が極度に悪くなっていますので、実効がないのです。

例えば、堺市美木多の最終処理場建設の際、昭和五四年四月二五日に公害防止事業団から二億一、七〇〇万円の融資を受けています(前記原審弁二〇号証添付「大阪環境」所有の堺市美木多上の原野の登記簿謄本参照)が、この融資は、産業廃棄物処理業はサービス業とされていますから、「大阪環境」の規模では、中小企業として有利な条件で融資が受けられない筈ですが、岐阜県選出の大物政治家の秘書が、有利な条件で融資が受けられるといって、融資斡旋の売り込みにきましたのでお願いした結果融資が受けられました。しかし、そのお礼として多額の政治献金を要求されましたので、これを計算しますと、市中の金融機関から融資をうけるよりも高くついてしまい、その上、融資方法に問題があることが分かりましたので、一年も経過しないうちに、三和銀行から融資を受けて肩代わりをしてもらいました。(前記原審弁二〇号証添付の登記簿謄本参照)

因みに、昭和六一年三月三一日現在の公害防止事業団の融資条件を見ると、次のとおりです。

中小企業者については、融資比率が八〇%、償還期間が一〇年、利率が当初三年間五・五%、四年目以降五・九%、大企業については、融資比率が五〇%、償還期間前同、利率が当初三年間六・二%、四年以降六・三%で、いずれも保証人一名以上と担保が必要となっています。従って、大企業に該当する「大阪環境」がこの融資を受けようとしても、余り有利でない上、面倒な手続と時間がかかりますので、実効がないのです。

このような状況ですので、「大阪環境」が金融機関等から前記のとおり融資を受けた額の約七〇%は、取引銀行から不動産を担保とし、被告人が全額個人保証をして通常の融資を受けたものである上、それでもなお、設備投資全額の約四〇%は自己資金で賄わなければならない状況でした。(前記原審弁二〇号証二頁ないし七頁参照)

廃掃法は、産業廃棄物処理については、廃棄物を排出する「事業者」主体であるために、産業廃棄物処理の設備投資については、融資面等で「事業者」が優遇されているのですが、その委託を受けた「処理業者」が優遇されていないのです。産業廃棄物処理業者が大半零細業者である現状では、処理業者と処理業界自体にも問題がありますが、「大阪環境」のように、処理業界で突出して業界並びに関係地方自治体の廃棄物処理についても生活環境保全上寄与している大手の処理業者にとっては、金融・税制上の優遇措置があって当然なのですが、その措置がないため、その設備投資資金の捻出に苦慮するところで、設備投資資金の蓄積の必要性が生ずるのです。

昭和五〇年一二月八日付け産業廃棄物処理問題懇談会の「産業廃棄物対策に関する報告」によると、「産業廃棄物処理業者の育成・強化」の項で「産業廃棄物の処理を促進するために、今後とも事業者自身における処理体制の充実を図っていくべきことは当然ではあるが、他面、事業者に代わって処理を行う処理業者の活躍に期待すべき分野も少なくない。(中略)このため、国および地方公共団体においては、それぞれの立場において金融・税制上の援助措置を強化し、共同化協業化の促進を図る」必要があることが強調されていますが、それから八年経過した昭和五八年一一月に出された前記生活環境審議会の厚生大臣に対する答申書で重ねて、「産業廃棄物処理業者に対する金融税制上の措置の充実強化の必要性」が強調されているのですから、如何に、産業廃棄物処理業者に対する金融税制上の措置が遅々として進んでいないかが分かり、「大阪環境」が焼却炉を設置したり、最終処分地を確保保有した当時の金融税制面の措置の貧弱さが窺えるのです。公権力のある地方自治体でも、焼却炉や最終処理場の建設には、住民の反対が強く、苦慮している状態ですから、「大阪環境」のような民間の会社が焼却炉を設置し、これを補修・拡大・改造したり、最終処分地を確保・保有してこれを拡張するには、筆舌には尽くし得ない努力と莫大な資金が必要なのに、国や公共団体からの実効のある大口の低利融資の制度がなく、税制面での優遇措置も実効のあるものが殆どない実情では、「大阪環境」としては、簿外で設備投資資金を蓄積せざるを得ない実情にあったのです。(前記原審弁一号証二六頁ないし二八頁参照、この点は、さらに控訴審で立証します。)

三 廃掃法の不備による資金蓄積の必要性について

本件犯行の主たる動機・原因は、設備投資資金を蓄積するためであったことは以上のとおりですが、もう一つの大きな原因は、廃掃法の規定が制定当初から不備で、特に建設廃材関係の規定が当初から現在に至るまで、産業経済界の実情に合わない規定となっており、厚生省と大阪市を始め一〇大都市との見解が対立して、地方自治体相互間でも、その解釈・運用が異なるという不幸な現実のために、「大阪環境」としては、何時如何なる事態に遭遇しても対処し得るために、資金を蓄積する必要があったことです。このことは原審でも主張・立証したのですが、原判決はこの点については何も触れず、不問に付しています。しかし、この点も資金蓄積の必要性があった大きな原因なのです。

廃掃法が制定施行された当時は、まだ産業廃棄物に関する資料がなく、向こう三年間は行政当局の指導期間ということで、同法による許可なしに営業ができました。被告人は、大阪市内で建設廃材の処理業を営んでいましたから、大阪市の行政指導を受けて営業していました。当時、産業廃棄物処理業者といいましても零細業者ばかりで、殆ど野焼きをして処理している時代で、被告人も建設廃材の野焼き処理をしていました。

被告人は、この廃掃法が施行された年の昭和四六年三月に、「大阪環境」の前身である吉村興業株式会社を設立し、個人営業から会社組織にし、廃掃法施行後大阪市の行政指導により、同年一一月から大阪市城東区放出地区で焼却炉を設置すべく用地を買収し、建築基準法に基づく建築許可をもらい、建設に着工しようとした際、地元住民の猛反対に遭い、やむなく放出地区での建設を断念し、翌四七年一〇月から再び城東区内で焼却炉を設置すべく、計画立案中、昭和四八年二月に、大阪市から書面により焼却炉の設置を督促されました。この大阪市の行政指導により昭和四九年一〇月に、前記の民間の焼却炉では全国一の大型焼却炉を完成させました。(前期原審弁一号証一五頁ないし一九頁参照)

ところが、この焼却炉の完成直前に、「大阪環境」が主として取り扱っている新築現場で排出される建設廃材は、一般廃棄物であって、産業廃棄物ではないということが分かりました。廃掃法では、新築現場から排出される廃棄物は全て一般廃棄物で、その処理は埋立か海洋投棄でよく、焼却処理は不用というのですから、被告人の驚嘆は察するに余りあるところです。大阪市の行政指導により、折角四億三、五一〇万円も投資して焼却炉を建設し、その完成直前に、「大阪環境」が主として取り扱ってる建設廃材が、産業廃棄物ではなく一般廃棄物である上、焼却不用というのですから、そのズサンな行政指導には、非難する言葉もない位です。最近では、前記原審弁三号証産業廃棄物処理ハンドブックのような書物や資料がありますが、当時はこのような資料が全くなく、適切な指導もなかったので、廃掃法の規定の詳しいことは本当に分からなかったのです。しかし、大阪市は、「大阪環境」が従来から取り扱ってきた建築廃材が、たとえ廃掃法の規定や厚生省の見解が一般廃棄物であっても、従来どおり産業廃棄物として取り扱う運用をするということで指導し、今日に至っています。(前記原審弁一号証二八頁ないし四三頁参照)

「大阪環境」としては、新築現場で排出される建築廃材が一般廃棄物であるのなら、大阪市さえ一般廃棄物処理業の許可をしてくれれば、廃掃法違反の不安がなくなるのですが、大阪市では、一般廃棄物の処理については、古くから同和関係者に処理を委託していたという長年の歴史的経過があり、地方自治体が一般廃棄物の処理責任者として、直接その処理を行うようになってからも、同和関係者の生活権を保護するために、その関係者のみに一般廃棄物処理業の許可を与えるとともに、今後一般廃棄物処理の新規許可は絶対に行わないという約束が、上田卓三代議士との間に結ばれているために、あらゆる手段を使って陳情や交渉をしましたが、「大阪環境」に対しては、現在に至るもその許可を与えてくれません。(原審弁五号証株式会社大阪環境処理センターの大阪市環境事業局に対する「一般廃棄物処理業許可に関する陳情書」写、同六号証株式会社大阪環境処理センターの大阪環境保健局に対する「建設廃材に関する法解釈の変更等についての陳情書」写、同七号証大阪環境保健局、同環境事業局の前記陳情書に対する回答書写参照)

この問題は、単に建設廃材の収集・運搬・中間処理(焼却)の適法・違法の問題だけではなく、焼却残渣の最終処分場を同処にすべきかという問題もあるのです。「大阪環境」が焼却した廃棄物が、一般廃棄物なら、その焼却残渣は、大阪市北港にある「管理型最終処分地」で処分できるのですが、産業廃棄物だとしたら、そこで処理できないのです。また、堺にあります大阪府の七-三工区は、産業廃棄物の「管理型最終処分地」ですので、一般廃棄物の焼却残渣は処分できないのです。

このような複雑な問題があり、この公営の最終処分地の利用問題には、同和関係者で支配している現業労働組合との交渉等の難問題もありますので、難問が山積していますが、現在はどうにか同和関係団体の幹部のご努力で、何とか凌いでいるという実情です。しかし、建設廃材に関して、「大阪環境」が抱えている問題は何一つ抜本的には解決されておりません。そればかりでなく、廃掃法の規定や厚生省の見解によると、「大阪環境」が大量に取り扱っている新築現場から排出される建設廃材は、一般廃棄物なのですから、警察が廃掃法違反で「大阪環境」を絶対に検挙しないという保証はどこにもないのです。前記原審弁五号証及び同六五号証の「陳情書」は、「大阪環境」の得意先の大手の建設会社について、警察から「新築現場から排出される建設廃材は、一般廃棄物なのに、産業廃棄物処理業者である「大阪環境」に処理させるのは違法である。」として内偵捜査が行われたため、「大阪環境」がこの陳情をしたものです。

最近の保安警察の捜査状況を見ますと、罰則のある特別法に少しでも抵触すると、直ぐ検挙する傾向にあります。現に、最近千葉市内でこの件で、警察から検挙された事例があります。千葉市若松町二二一〇番地所在の産業廃棄物処理業者鷹羽環境総業株式会社(代表取締役鎌田英雄)が新築現場の廃材を処理した際、警察から「新築現場における廃材は一般廃棄物である」として、廃掃法違反だとして取調べを受けた事例(この点は、控訴審において立証します。)があります。この件は幸いにして処罰まではされませんでしたが、産業廃棄物処理業者は、廃掃法の不備のために、今でもこの問題で何時検挙されるかも分からないという不安が付きまとっているのです。

「大阪環境」は、大阪市の行政指導で、新築現場で排出される廃材は産業廃棄物であるとして、これを大量に収集・運搬・焼却処理しており、収入の約半分がこの廃材処理で占められているので、若し、「大阪環境」がこの廃材処理が廃掃法違反ということで警察に検挙されましたならば、たちまちにその信用は地に落ちて、経営不振となり、場合によっては倒産という最悪の状態も考えられるのです。廃掃法の規定及び厚生省の見解が変わらない以上「大阪環境」のこの不安は常に付きまとっているのです。

廃掃法が制定されてから、大阪市の行政指導に従って、早速大阪市城東区放出地区で中間処理場としての焼却炉の建設にかかり、用地を買収して施設の建築許可ももらい着工しようとしたときに、住民の猛烈な反対運動にあい、断念せざるを得ず、その際、大阪市は全く逃げ腰で何の支援もしてくれなかったのに、再度大阪市の強い行政指導により巨額の資金を投じて産業廃棄物処理専用の大型焼却炉を設置したところ、当時「大阪環境」が主として取り扱っていた新築現場から排出される建設廃材が、廃掃法上一般廃棄物であって産業廃棄物でないということが分かり、大阪市を始め全国一〇大都市も挙って厚生省に反対し、産業廃棄物として取り扱うべきであり、法令を改正すべきであると主張しているのに、現在に至るも未解決であり、さりとて、法律どおり一般廃棄物処理の許可を申請しても、今度は同和対策問題と関連して絶対に許可されず、厚生省が漸く昭和五八年四月に、廃掃法の政令と省令を改正しましたが、これまた、経済社会の実情に反し、建設廃材の「廃木材」の大半を占める新築現場から排出されるものは、依然として一般廃棄物とし、僅か一割程度しかない工作物の除去、家屋の解体から生ずる「廃木材」のみを産業廃棄物とするように改正しただけなのですから、被告人の不安は察するに余りあり、被告人がこの問題について自己の供述書(前記原審弁一号証四二頁)で「当社としましては、行政当局がこのような状態では、如何なる事態にも対処できるように、自己資金を蓄え自己防衛するより道がないと痛感しまして裏資金の蓄積に努めました。」と述べていることは、絶大な権限のある行政当局や警察権力に対して余りにも無力である民間人にとって、誠に無理からぬ心情ではないでしょうか。

新築現場における建設廃材が、全国一〇大都市が挙って厚生省に陳情しても、産業廃棄物とならないのは、建設業界の絶大な政治力が動いているといわれています。新築現場における建設廃材の厚生省の見解どおり、一般廃棄物ですと、その処理責任は地方自治体にありますので、建設業者にとりまして、厚生省見解が極めて有利であり、これを産業廃棄物としますと、たちまち建設業者が、自らこれを処理するか、産業廃棄物処理業者に処理料を支払って処理する必要があり、経済的負担に極度の差がありますから、建設業界の政治力が強く、その政治的圧力で建設廃材の法令の改正がされないのです。産業廃棄物処理業界は、建設業界に比較しますと、その力は微々たるもので、問題になりません。(この点の立証は、控訴審で行います。)

第三 「大阪環境」の本件脱税が大型化した誘因について

一 実質上税務調査権の放棄について

本件脱税の主たる動機・原因は、以上のとおりですが、「大阪環境」の脱税がこのように大規模となった誘因は、前記のとおり、優良な産業廃棄物処理業を営むには莫大な設備投資資金等が必要であるための外に、被告人が個人で事業を始めてから会社組織に替え今回査察調査を受けるまでの二三年間に、実質的な税務調査を一度も受けていないことです。

その間、三年ないし五年に一度位税務調査を受けています。しかし、いずれも調査官が調査日の午前一〇時ころ来て、調査らしい調査を何も行わず、主に雑談ばかりして、何も指摘・指導を行うことなく午後三時ころ帰っているのです。ただ、昭和五七年の税務調査のときだけは、架空の外注費があることを指摘されましたが、指示どおり修正申告をしたところ、それ以上突っ込んだ調査は何もなく、それだけで終わっています。被告人の記憶では、このときも、とりたてて記憶に残るような調査がなかったので、修正申告を指示されたのは架空外注費一、〇〇〇万円だけだと思っていたので、供述書(前記原審弁一証五七頁五八頁)にはその旨記載したのですが、その後、既に退職している当時の経理担当者に、念のため調査してもらったところ、この税務調査の際、金銭出納帳、銀行勘定帳元帳、経費明細帳だけを税務署に持って帰られ、中小企業連合会(以下中企連という。)の担当の方と協議され、右八期分の架空外注費の外、四期と七期分の架空外注費等約一、八六五万円についても修正申告するように指示されたので、その指示どおり修正申告をしたことが判明しました。(原審弁護人の弁論要旨四一頁四二頁参照)このように修正申告をしていますが、これは総て税務署が中企連の担当の方と協議して指示されたもので、「大阪環境」としては、指示されたとおりに修正申告しただけで、中企連の方が税務署の方とどのような協議をした結果このようになったのか、詳しいことは分からないのです。また、このような調査がありました際も、「大阪環境」としては、特に、中企連に頼んで税務署に働きかけてもらったことはないのです。この調査の際、せめて通常の税務調査のように、「大阪環境」の経理担当者や被告人について直接調査質問をして、各損益の勘定科目別に調査し、少なくとも経費の大口を占める支払捨場料について、領収書や証拠書類について実質的調査をされていたならば、本件の脱税方法が簡単に発覚し、昭和五八年度分以降は、本件のような大型の脱税が行われなかったことは確実です。

二三年間の長きにわたり、税務調査のあり方がこのような状態でしたから、被告人としては、商才には長けているのですが、複式簿記経理・税務会計・税務申告の知識が特に疎いので、前記のように設備投資等のため資金蓄積の必要性が大であったため、安易な気持ちで脱税を続けてきたために、大変多額でしかも脱税率の高い違反をズルズルと犯すに至ったものです。

このような大規模な脱税をした責はもとより被告人が一番に負わなければならないのですが、三年ないし五年に一度ある税務調査が、通常一般の事業者が受ける程度の調査さえ行われていたならば、絶対にこのような大規模な脱税は相当以前に防止できたと確信いたします。

税務調査の実情がこのようなズサンなものであったからとて、被告人に、脱税の違法性の認識がなかったと申しているのではありません。事業をしているものは誰しも大なり小なり税金の安きを願っているが普通であると考えます。その証拠に税務当局が白色申告の税務者に対し、青色申告をするように毎年喧伝していますが、青色申告率は、全国平均五二%をなかなか超えない現状であると言われています。また、最も法律に精通し、正義の実現を常に標傍している弁護士の青色申告率は殊の外悪く、僅かに一九%に過ぎないと言われています。しかし、青色申告でも白色申告でも、三年ないし五年に一度税務調査があるので、この調査が自主申告制度における脱税の抑止力となっていることは厳然たる事実です。

この自主申告制度における脱税の抑止力となっている税務調査が、長年にわたり実質上全く行われなかったならば、神様のような人は別として、通常の人ならば脱税の誘惑にかられるのは、人間感情の自然的な発露ではないでしょうか。後記のように、本件脱税の手口が誠に幼稚なので、税務調査さえ普通に行われていたら、このような大規模な脱税には至らず、相当以前に是正されていたことは確実です。

二 実質上税務調査権を放棄した原因について

税務当局が、このように長年にわたり税務調査権を実質上放棄していた原因は定かではありませんが、「大阪環境」の税務申告は、総て同和関係団体が代行していたので、そのことが原因と思料します。

被告人は、「大阪環境」の前身である吉村興業株式会社設立当初から昭和五六年一月期決算までの「大阪環境」の税務申告は、松田慶一事務所を通じて行い、その後の税務申告は中企連を通じて行っていますが、これらの団体を利用して税務調査を逃れようとしていたのではありません。被告人は、産業廃棄物処理業を始めるまでは、同和関係の団体とは関係がなかったのですが、産業廃棄物処理業を初めてから、廃棄物処理業に従事している者には同和関係者が多く、産業廃棄物処理業を円滑に遂行するには、同和関係団体の幹部のお世話にならざるを得ない事情があり、元部落解放同盟事務局長の松田慶一氏や中企連松原支部長の北川修二氏に世話になるようになり、両名の勧めによって、松田事務所や中企連を通じて税務申告を行うようになったものです。

被告人は、これらの同和関係団体が税務当局とどのような協定や話し合いができていたのか、その点はまったく知らないので、当職が本件の弁護を受任してから、「大阪環境」のように、会社設立当初から税務調査らしい税務調査が全く行われないことが実際にあるのかどうかを調査いたしました。その結果、昭和四三年一月三〇日ころに部落解放同盟と大阪国税局長との間に、いわゆる七項目の確認事項が協議され、その運用として、同和関係団体を通じて申告した分については、実質的税務調査が殆ど行われていないことが判明しました。(原審弁一二号証昭和四四年二月一五日付け解放新聞大阪版、同一三号証部落解放大阪府企業連合会第一七回総会(昭和五九年六月一九日中之島公会堂で開催)で配付されたパンフレットの抜粋参照)

一般に厳しい徴税業務の中で、最も重要な業務である定期的税務調査について、このような常識では全く考えられない聖域が設けられて運用されていたのです。このような聖域があったとしても、被告人が全くの私利私欲から、これらの団体を脱税のために利用していたのならば、厳しく咎められても仕方がないのですが、被告人がこれらの団体に税務申告を代行してもらうようになったのは、後記のとおり、産業廃棄物処理業遂行上同和関係団体の幹部にお世話になり、その幹部の勧めで税務申告の代行を依頼してきたもので、この聖域を積極的に悪用したものでは絶対にありません。

三 同和関係団体を通じて税務申告をした事情について

被告人が松田慶一氏を通じて税務申告をするに至った事情は次のとおりです。

被告人は、個人営業時代、昭和四五年ころ、大阪市大正区の大浪橋西詰に産業廃棄物の中継所(現在の「大阪環境」の大浪営業所)を設けました。ここは船付き場から木津川の堤防を超えたところにあり、船付き場を使用する権利も取得したのですが、木津川の堤防を通らなければ、船着き場から中継所へ行けないのに、大阪市土木局では、この堤防を通行する許可をしないので困り果てていました。このようなときに、松田慶一氏に頼んで解決してもらったのです。廃棄物処理業の関係者には、比較的同和出身者の方が多く、当時被告人の従業員をしていた同和出身者が、この問題を解決するには、松田慶一氏がよいといって、松田氏を被告人に紹介してくれました。松田氏は、元大阪の部落解放同盟の事務局長をしていた人で、後に昭和五〇年四月から大阪府会議員をしていた方です。松田氏は、この行き詰まった護岸堤防使用の問題を大阪市の行政当局と折衝して解決してくれました。それから被告人は松田氏と懇意になり、廃棄物処理業の関係では、同和関係者とのトラブルが多いので、その都度、松田氏に解決してもらっていました。

被告人は、昭和四六年三月二四日に、個人営業から会社組織にして、「吉村興業株式会社」を設立しました。同社は「大阪環境」の前身ですが、その本社を松田氏の勧めにより、松田氏の事務所がある「大阪市浪速区難波中二丁目八番六四号」としました。その後、松田氏の勧めによって、昭和五六年一月期決算の税務申告まで、松田氏に税務申告の代行をしてもらいました。その方法は、毎期「大阪環境」において作成した決算書に基づき、同社顧問税理士に法人税申告書を作成してもらい、それを被告人が松田事務所へ持参して同事務所の印を申告書に捺印してもらい、松田氏とともに浪速税務署へ行き、何時も署長室に通されて、署長に申告書を提出し、署長がそれを見て総務課長を呼び申告書を受理してもらっていました。税務署長は「大阪環境」の申告書をみて、「よくできていますね。」と言って褒めてくれたこともありました。被告人は、税務申告のことに疎いものですから、税務申告書は元国税局に勤務していた現在大阪税理士会の事務局長をしている立派な顧問税理士に作成してもらっており、税理士からは一度も決算書の内容や税務申告について注意されたことがない上、部落解放同盟の大幹部で大阪府会議員にもなられた立派な方が、毎回の申告に直接税務署長と面接して右税理士の作成した申告書を提出して受理してもらっていたので、税務申告について極めて安易に考えていたことは事実ですし、脱税をしている意識はあったのですが、まさか法人税法違反という罪で処罰されるとまでは全く考えていなかったのです。(前記原審弁一号証四七頁ないし四九頁参照)

被告人のように、商売にかけては、先見性があり、非常に上手なのですが、無学で、廃棄物処理業一筋で働いてきた者としては、立派な顧問税理士から申告書の内容について一度も注意を受けたことがなく、大阪府会議員という立派な地位につかれた松田氏の指導で松田氏を通じて税務申告をし、税務署長の対応がこのような状態だったならば、被告人のように考えるのも、あながち無理からぬことではないでしょうか。「大阪環境」では、昭和五七年一月期決算の税務申告から、中企連を通じて行っていますが、その経緯は次のとおりです。

昭和四六年に廃掃法が施行されてから、行政指導により産業廃棄物処理業者が急増してきましたが、業界発展のために組織化が要望され、昭和五一年、任意組合として「大阪産業廃棄物処理組合」が設立されました。

この組合が発足して以来、この業界のもっている課題は多く、一般廃棄物、産業廃棄物ともに、その廃棄物処理業者には、同和出身者の人達が多いことから、右組合の顧問を組合員全員一致で社会党衆議院議員上田卓三氏にお願いすることになり、上田氏が組織されている中企連に組合が団体加入しました。また、この組合は、昭和五六年大阪府の認可を受け「大阪産業廃棄物処理事業協同組合」という法人になりました。

中企連では、右協同組合の担当者を林氏(現在中企連淀川事務所長)とし、組合の理事会とか組合の行政当局との話し合いの場に出席して組合運営に協力してくれていました。この林氏は、中企連の下部組織である「再生資源近代化協議会」(通称近代協)の担当者でもあり、この「近代協」は、古紙、古鉄など再生資源の収集に携わる方々が集まって結成された同和関係者で構成された団体と言われています。

「建設廃材」の規定の不備や解釈・運用の瞹眛さから、「大阪環境」としては、業務を遂行する上でどうしてもこの「近代協」の会員にならなければならないことが生じました。

大阪市は、「大阪環境」の取り扱う「建設廃材」を産業廃棄物として取り扱ってくれますので、今のところ、これを「大阪環境」の焼却炉で焼却することは、前記のとおり、廃掃法では違法なのですが、大阪市の取り扱いとしては適正処理ということになっているのです。ところが、焼却物には必ず残渣が残りますので、それを最終処分する必要があります。

「大阪環境」の堺の最終処分場は安定型ですので、「管理型」処分場で処分する必要がある焼却残渣については、一般廃棄物の焼却残渣ですと、大阪市営の北港の最終処分場で処分できるのです。ところが大阪市は、「大阪環境」の焼却炉で焼却したものは産業廃棄物であるという見解で、北港の最終処分場で受け入れてくれないのです。また、前記のとおり、大阪市は、「大阪環境」に対し、一般廃棄物処理業の許可申請をしても許可してくれないので、この問題の解決に難渋したのです。

昭和五六年三月ころ、中企連の林氏が、この問題について大阪市と「大阪環境」との交渉が進捗しない経過を聞いて、中企連として交渉してくれることになりました。林氏は、早速大阪市環境事業局業務課高橋課長と交渉し、今後の交渉は中企連一本で進めることに決定しました。ところが、同年五月、林氏が一身上の理由で中企連淀川事務所に転任してしまいました。そこで、以前松田氏の事務所で紹介してもらったことのある大阪府庁に元勤めていた北田一雄氏に、同和関係の人で信用できる人を紹介して欲しいと頼んだところ、中企連松原事務所長の北川修二氏を紹介してくれました。北川氏は、大阪市環境局の担当部長等と交渉した結果、同年七月に、この難問を見事に解決してくれました。

一方、中企連は、右協同組合の団体加入に伴い、組合員個々の会社に対し、別途法人別の入会を勧め、また、組合を通じて同様の参加協力の申し入れがありました。「大阪環境」としては、長年大阪市の行政当局と折衝しても解決しなかった焼却残渣の処理場の業務遂行上重要な懸案事項を中企連の北川氏が解決してくれましので、昭和五六年一〇月ころ、中企連の会員として入会しました。また、中企連の下部組織である「近代協」には、その会員にならないと大阪市の北港の処分場に焼却残渣の廃棄物を搬入できませんので、そのころ「近代協」にも加入しました。

このように、中企連の北川氏には、「大阪環境」の業務遂行上の重要問題解決で大変世話になり、その後北川氏から、「大阪環境」の税務申告を中企連で代行するように勧められたので、松田氏とも相談した上、昭和五七年一月期決算の税務申告から中企連に代行してもらうようになりました。その方法は前同様で、「大阪環境」で作成した決算書に基づいて、顧問税理士に作成してもらった税務申告書を中企連の北川氏に渡し、同氏を通じて行いましたが、松田氏の場合とは異なり、税務署へは中企連の方が行くだけで、被告人は同行しませんでした。(前記弁一号証四九頁ないし五八頁参照)

以上のとおり、産業廃棄物処理業は、同和関係者と密接な関係があり、「大阪環境」の業務遂行上重要な問題を解決するには、同和関係団体の幹部の方の力に頼らざるを得ないことが多く、その関係で大変世話になった松田氏や北川氏の勧めに従って、その人達を通じて税務申告をしていたもので、脱税で検挙・処罰されることを免れるために、松田氏や中企連の北川氏を利用したのではありません。中企連がどのような方法で税務当局と交渉するのかその詳しいことは全く知らず、ただ、税務会計に疎い被告人が直接税務署と交渉するよりも、松田氏や中企連の団体で交渉してもらった方が有利になるだろうと思って、勧められるままにお願いしてきたものです。去る四月一一日に大阪地方検察庁特別捜査部が、「部落解放大阪府企業連合会」(以下大企連という。)を通じて税務申告をしていた「パチスロ」機製造販売業の「東京パブコ」等の大型税務事件で八名逮捕して起訴した事件のように、同和関係の団体を通じて税務申告したら、申告どおり是認され、税務調査もないというので、何も同和関係団体に関係がない法人が、同和出身者を形式的に法人の役員にして登記し、大企連を通じて税務申告をして脱税していたような事件とは全く異なる事件であることを特にご留意願いたいと思います。

第四 同和関係団体の税務申告代行を巡る問題について

被告人は、前記の経緯で、当初松田慶一事務所を通じて税務申告を行い、また、昭和五七年一月期決算の申告から中企連の北川氏を通じて申告していました。しかし、被告人は松田事務所や中企連が税務当局とどのような協議をしていたのか、同和関係団体が税務当局と交渉して同和対策のためにどのような優遇措置を講じてもらっていたのか、その詳しいことは全く知らないのです。

ところが、前記のとおり、大阪国税局と同和関係団体との間に、いわゆる七項目確認事項が協議され、これが忠実に実施されていたことはあきらかであります。弁護人はこのいわゆる七項目確認事項について、同和関係団体と税務当局との間に、協定が成立していたかどうかを問題にするものではありません。この確認事項ができたと言われる昭和四三年一月三〇日以降、同和関係団体を通じて申告した税務申告については、殆ど実質的な税務調査が行われていないところに問題があると考えます。特に、この七項目の中の「企業連が指導し企業連を窓口として提出される白、青色を問わず、自主申告については全面的にこれを認める。ただし、内容調査の必要ある場合には企業連を通じて企業連と協力して調査に当たる。」との項目が実行され、同和団体を通じて申告した税務申告は原則として申告書どおり是認され、内容調査の必要がある場合にも、同和団体と税務当局が話し合いで修正申告をさせるだけで、通常行われるような税務調査が実施されておらず、このような聖域が設けられているところに重大な問題があると思料します。なお、これと同様に、国税局・税務署出身者が非常に多い税理士業も総て聖域とされ、税理士に対しては税務調査が全然行われないことになっていると言われています。

同和関係の団体と税務当局の間に、同和対策関係の一施策として税務申告問題について協議され、このような確認事項ができたことには、それなりの理由があったものと推察します。

昭和四〇年八月一一日、同和対策審議会が内閣総理大臣に対して、「同和対策審議会答申」を提出してから、同和関係の団体から国税当局に対して、この答申の趣旨に沿った税制面での優遇施策の実施を迫り、その結果、昭和四三年一月ころ、解放同盟と大阪国税局との間に、いわゆる七項目の確認事項が協議確認されたものと推認されます。その後、昭和四四年七月一〇日に、「同和対策事業特別措置法」が制定され、その他の同和関係団体からも、国税当局に対し、同法六条に基づいて種々の要求が行われ、国税当局も苦慮した上、この確認事項と同趣旨の協議確認が行われたものと推認されます。

この特別措置法の内容・立法の趣旨等から考えて、同和関係者に対するこのような税務対策も、真に同和対策事業のために運用されておれば、理解できないこともないのですが、このような優遇制度は、誰がこれを運用しても、「申告どおり是認して、原則として実質的税務調査をしない」というのですから、脱税を誘発することは必須と考えます。昭和五七年四月八日開催の衆議院地方行政委員会で、大企連が土地譲渡所得税等の減免に介入していることが共産党議員から指摘・追及され、答弁に立った当時の渡辺大蔵大臣が「初めて聞く話だが、事実とすれば放置できない。」と答弁し、国税局を通じて調査することを約束しています。しかし、実際は、この国会終了後も依然としてこの七項目の確認事項どおり便宜な取り扱いが行われてきたことは、「大阪環境」の税務調査の在り方や昨年京都地検が大量に検挙起訴した京都府・市同和会連合会幹部等による相続税等申告代行業務を巡る脱税事件の内容(この点は、控訴審で立証します。)から見て明らかであります。

本件のような大規模な脱税をした責任は、もとより被告人にあり、前記松田氏や中企連の幹部に責任を転嫁しようとするものではありませんが、若し、三年ないし五年に一度実施された定期的税務調査が、通常の事業者に対する税務調査並に真面目に行われておれば、絶対にこのような大規模な脱税事件には至らなかったものと確信します。

この七項目確認事項は、本来、申告納税制度下において、脱税を抑止するのに最も効果のある定期的税務調査を実質上無に等しいものとし、言わば脱税を黙認してきた制度ですから、この種の脱税を撲滅するには、まず、この七項目確認事項制度を廃止するか、抜本的に改善すべきであると考えます。また、国税局または検察庁が、この七項目確認事項は今後撤廃する旨又は、この確認事項どおりには取り扱わない旨公式に発表することが、今後この種の脱税防止のために一般予防の効果が極めて大であると思料します。しかし、現在まで、そのような公式発表は何も行われていません。

また、通常の事件ならば、税務申告を実際に担当した者については必ず調査・捜査が行われ、重要事件についてはその自宅、勤務先の捜索が実施されるのに、本件では申告手続を代行した中企連担当者の調査・捜査が全く行われた形跡がなく、中企連の事務所はもとより、その担当者の自宅の捜索も行われた形跡が全くありません。また、査察官による被疑者・参考人の調査場所は、通常ほとんど国税局で行われるのに、本件ではこれを総て検察庁で行っています。これは、国税局と同和関係団体との間に前記七項目確認事項が協議され、同和関係団体の代行する税務申告については、申告どおり是認して実質的税務調査を行わないという協議ができており、同和関係団体の代行する税務申告の徴税面は聖域とされていたから、この聖域に捜査の手を入れることは、国税局と同和関係団体との間に大きな紛争が生ずる虞があることを慮っての処置と考えます。この一事を見ても、徴税面において聖域が存在していることは明らかであり、また、これまでの同和関係団体を通じて行われた税務申告の受理・調査・徴税方法について、税務当局側にもかなり改善すべき問題があったことが推認されます。

「大阪環境」は、前記のとおり、その仕事の性質上、同和関係団体の幹部のお世話にならざるを得ない業者であり、その団体の幹部に、実際困難な問題の解決で大変世話になり、その幹部の勧めで税務申告の代行を任せてきたもので、最初から計画的に同和団体を利用して脱税を図ったものではありません。その上、個人営業時代から、二三年の長きにわたり、同和関係団体を通して税務申告についての七項目確認事項の存在等のために、実質的税務調査が一度もおこなわれずに、事実上税務調査権を放棄した状態で放置されていたのに、被告人に対し、何等の行政指導も注意・勧告もなしに、突然査察調査が行われ、その結果一審裁判で実刑にまで処せられているのに、その脱税の根源である同和関係団体及びその担当者については、一切調査・捜査を行わず、右七項目確認事項の廃止宣言もされていないというのは、行政当局の内情について無知な国民にとっては何としても納得し難いところであり、また、このような捜査処理上の差別は、「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」という憲法一四条にも抵触する虞があると言わなければなりません。また、同じ国家機関が、一方において、長年にわたり、税務調査権を事実上放棄して多額の脱税を黙認してきたのですから、このような被告人を処罰するに当たり、いきなり実刑に処すというのは、素朴な国民感情として片手落ちのように感じますし、また、国家権力の恣意のように思われます。巨額の脱税者に対し、刑事上処罰することは当然としても、国家機関のこれまでの職務放棄の点をも考慮して、まず脱税者に対して反省を促すために処罰して執行猶予にし、再度、この種の違反を犯したときは、例え、脱税額が巨額でなくとも、実刑にするというのが、常識に叶った処罰ではないでしょうか。

第五 「大阪環境」の本件犯行の手段・方法について

原判決は「本件各ほ脱の手口も格別巧妙な手段を用いるとまではいえないこと」と認定しています。しかし、右事実を認定しながら、脱税事件の悪性の判断において、犯行の手段・方法が極めて重要であるのに、これを軽視されているように窺えます。

通常脱税の方法は、大部分売上を除外するか、架空経費を計上するか、棚卸し資産を操作することが多く、時には、利益の繰延計上や完全な「つまみ申告」をすること等もありますが、その方法の類型は極めて限定されているのです。

脱税事件の手段・方法が悪質であるかどうかの判断は、右脱税のどの類型に属するかどうかではなく、その手口がどのような税務調査があっても発覚しないように巧妙に工作されているかどうかにより判断すべきです。この犯跡隠蔽工作の巧妙さに比例して犯罪の悪性が増すのです。

「大阪環境」の脱税の主な方法は、架空支払捨場料の計上と現金収入の売上除外です。被告人は、「大阪環境」の高橋専務に架空支払捨場料の振替伝票を起票させ、薄外資金を捻出していました。従って、支払捨場料の振替伝票中、高橋専務が起票したものを選んで出せば、それは全部架空支払捨場料であることが分かり、その上この架空支払捨場料には一切領収書がないので、領収書の有無を調べればいとも簡単に完全に架空なものであることが直ぐ分かるようになっています。

この架空支払捨場料は、昭和五七年分が約三億円、同五八年分が約三億六、〇〇〇万円、同五九年分が約四億九、〇〇〇万円に上っていますので、捨て場へ行った車の台数を計算しただけでも、余りにも実態と合わないので、直ぐ発見できると思います。また、真実の捨場料については、総て捨場へ行った車両の裏付け資料がありますが、架空の捨場料にはそのような裏付け資料は一切なく、何の工作もしておりませんので、一寸調べれば直ぐ発覚するようになっていたものです。

売上除外は、現金売上を除外したもので、現金以外の売上は全部記帳されており、除外したものはありません。「大阪環境」の主たる業務は、無価値な廃棄物を受け取って焼却処理し、無価値な焼却残渣を処分するのですから、廃棄物を受け入れた際、売掛けの取引は別として、現金取引では、現金を受領しても領収書を要求されることが余りないので、現金売上の記帳をせずにおけば何も残りませんので、脱税の誘惑にかられ易いのです。また、この記帳を怠っていますと、査察調査を受けても、その脱税額の計算は困難を極めることが多く、悪質な事案程この種の証拠資料が計画的に隠減されていますので、逋脱所得の把握が困難であり、現金の売上除外については、記帳資料がないと、損益計算法では立証が不可能な場合が多いので、財産増減法で立証できなければ、仮に自白がありましても、起訴金額から除外せざるを得ないのが普通です。従って、売上の全部が現金であるパチンコ営業の捜査は以前から極めて困難であるとされ、記帳資料の乏しい事件を起訴しましても無罪になる公算が大であります。昭和三〇年に盛岡地方裁判所に起訴されたパチンコ営業「三一商事」の法人税法違反は、多額の簿外預金が押収されていたのに、記帳資料が乏しいために、一審の審理に二六年も費やし、脱税事件の長期公判の新記録となったことは有名で、結局無罪となりました。

ところが、本件の売上除外は、総て裏帳ノートに記載していましたし、証拠隠減工作も全く行っていませんでしたので、いとも簡単に、短期間で調査・捜査が完了しその全額が捕捉されました。手口が巧妙で悪質な事件は調査・捜査が難航し、しかも、その全貌を捕捉することは極めて困難で、どうしても調査結果の脱税額は実際よりもかなり縮小して認定せざるを得ないことが多いのです。このような悪質な事案と比較していただけば、本件が如何に幼稚で単純な手口の犯行であるかがお分かりいただけると思います。(この点は、更に控訴審において立証します。)

その他、雑給、修繕費、外注費等の架空計上がありますがいずれも単純な方法で反面調査をすれば直ぐ発覚するものばかりです。

また「大阪環境」の脱税は、査察対象三か年度の帳簿・資料が殆ど残っており、取引先と通謀して犯跡を隠蔽したような悪質な手口のものは、全くなく、その手口は本当に単純で幼稚なものばかりです。そのため、本件のような大きな脱税事件としては、珍しく短期間に捜査が終了し、査察着手から一月余りで起訴というスピードで処理されています。如何に犯行の手口が幼稚で単純であったかがご理解いただけるのではないかと思います。自主申告納税制度において、脱税犯行の手口の巧妙さ・悪質さが増す程、脱税額の立証が困難となり、縮小認定を余儀なくされることが多い中で、本件では、単純・幼稚な手口で、記帳書類が完備していたために、完全に逋脱所得が把握されたということをとくにご留意願いたいと思います。

原判決はまた、「被告人において本件ほ脱の主たるものの一つである売上除外についてはその割合まで指示していたこと」を捉え、これを実刑にした理由の一つの柱に揚げています。被告人は、中小企業のオーナー社長であり、前記設備投資資金蓄積等のために多額の資金を簿外で蓄積する必要上、売上除外の割合を指示したまでで、中小企業においては、重要なことは総てオーナー社長の指示によって行われることが普通であり、本件において、被告人が経理担当者に対し、売上除外の割合を指示したことが、犯行の手段方法として特に悪質な行為とまでは言えないのではないでしょうか。

第六 被告人(「大阪環境」)の社会に隊する貢献度について

「大阪環境」は、前記のとおり、産業廃棄物処理業者としては全国一の焼却炉を持つ全国最大の廃棄物処理業者であり、現在、大阪市、堺市、大阪府、東大阪市、尼崎市、神戸市、兵庫県、京都府、京都市、奈良県、三重県、滋賀県から産業廃棄物処理業者の許可をもらい、産業廃棄物の「収集・運搬」「中間処理」「最終処分」の一貫システムで営業し、その取り扱う廃棄物の寮は、年間四屯ダンプ約九万三、六〇〇台(月間約七、八〇〇台)分で、これを適正に処理し、廃掃法の目的である生活環境の保全および公衆衛生の向上に寄与しています。(この点は、控訴審において立証します。)

「大阪環境」をここまで立派に成長させたのは、被告人の汗と油の努力の結晶でありまして、「大阪環境」が果たしている社会に対する貢献度は大なるものがあることを考えますとき、被告人の社会的貢献度もまた大なるものがあると言わなければなりません。

産業廃棄物の不法投棄は、前記のとおり、依然としてその跡は断ちません。昭和六一年一月二一日付け読売新聞朝刊に「放置の大型粗大ゴミ、植樹で目隠し作戦」との見出しで、「兵庫県は二〇日、道路沿いや河川敷、空き地に放置され、美観を損ねている廃棄自動車などの大型粗大ゴミを植樹などで囲うクリーン作戦を来月から始めることを明らかにした。(中略)県は、各市町と協議し、県内で目立った野積み場所二七〇か所をリストアップ。昨年末までに、緊急に覆う必要がある二〇〇か所を選んだ。(中略)新年度からは予算を正式に組み、二七〇か所全部を四年計画で目隠しする。」と報道されています。(この点は、控訴審で立証します。)如何に廃掃法を守らない事業所や廃棄物処理業者が多いかが分かります。

このような現状の中で、「大阪環境」が現在の焼却炉を設置したり、最終処理場を保有していなければ、産業廃棄物の不法投棄事件の増加が計り知れないものがあることを思うとき、「大阪環境」の公害防止のために果たしてきた功績は極めて大であります。このような社会に貢献できる立派な会社にするための手段として脱税をしましたことは、誠に申し訳ないことですが、被告人の汗と油の努力にとり、年間四億円以上の法人税を納付できる会社にし、今後更に発展してより多く納税できる会社になる公算が大きく、六一才を超える被告人が今後懸案の設備投資の拡大を完了させるために後一〇年活躍するとして、今後一〇年間で法人税だけでも約五〇億円は納税できる見込みで、国家社会のため、国民全体のために、今後公害防止や生活環境保全上はもとより、多額納税の面でも相当貢献度が高いと確信いたします。

また、「大阪環境」は、原審弁一〇号証のとおり、大阪市・松原市・大東市・守口市・泉大津市等の地方自治体や地方公共団体と廃棄物の焼却処理契約を締結して、本来、地方自治体や地方公共団体が処理しなければならない「河川清掃に伴うゴミ汚でい、一般家庭粗大ゴミ」等の廃棄物の焼却処理を実施しています。地方自治体や地方公共団体でも、焼却炉を設置・増設したり、最終処分地を確保することは、住民の反対で非常に困難となっているため、民間の「大阪環境」に依存せざるを得ないところに、廃棄物行政の困難さがあります。

右地方自治体の中でも、松原市は人口一三万六、三六七人、総世帯数四万三、三七六の都市で、昭和四八年にゴミ焼却炉建設を計画したのですが、地元住民の反対で中断されたため、埋立による応急措置を講じたものの、これも住民の反対により断絶した結果、同住民から発生する粗大ゴミの全量を、焼却炉問題発生以来現在に至るまで「大阪環境」において処理しているのです。昭和六一年六月一七日の新聞では、大阪府松原市が建設を計画しているゴミ焼却場をめぐり、地元若松町会の住民一〇二名が市・府を相手取り、建設差し止めなどの仮処分を求めた「松原ゴミ焼却場裁判」の判決が一六日午後、大阪地方裁判所であり、住民が敗訴した旨を報道しています。この建設計画は、四八年に持ち上がり、五〇年末には予定地の六五パーセントを買収したが、地元若松町会の住民が、人格権、環境権に基づき、市の建設差止めや府の補助金交付禁止などを求めていたものです。この裁判は、一審で地方自治体が勝訴したとはいうものの、一〇年以上の歳月を要しているのです。

その他、ゴミ焼却場の操業規制を求める仮処分申請が却下された事例(高松地裁昭和五一年(ヨ)一二六号、昭和五六年三月二六日判決、大阪高裁決定昭和五四年九月四日、下級裁判所民事裁判例付録公害差止請求事件の裁判例索引三)がありますが、この種ごみ処理場からの大気汚染の防止を求める仮処分の先例は、ゴミ処理場建設前に、その建設工事禁止を求めるものが殆どで、この仮処分については、認容例が多く、地方自治体が敗訴しているのです。古くは広島地裁判決昭和四六年五月二〇日があり、最近の認容例として、徳島地裁判決昭和五二年一〇月七日、松山地裁宇和島支部昭和五四年三月二二日、名古屋地裁決定同年三月二七日があります。また、ごみ処理施設の操業禁止を求める仮処分申請が認めらた事例として、名古屋地裁昭和五九年四月六日判決があり、本判決は「施設から排出する公害物質の除去施設についてはほぼ規制値を達成することができると認めながらも、環境アセスメントを事前に実施することが必要不可欠である」として仮処分申請を認容している点が注目されます。また、公害を理由とするゴミ埋立処理場の建設場の建設差止仮処分申請が認容された事例として、広島地裁昭和五七年三月三一日民事一部判決があります。(この点は、控訴審において立証します。)

このように、地方自治体の処理施設でも反対が強いために、長期間工事すらできないことが多く、若し、「大阪環境」が、この松原市の廃棄物を処理してあげていなければ、松原市はたちまちゴミの山となっていたことと思います。また、「大阪環境」の焼却炉に隣接して守口市清掃施設課の焼却炉があり、同市では、右焼却炉の老朽化により、昭和六〇年九月二六日から同施設を解体して、新設する工事に着工しており、昭和六三年三月三一日に完成の予定です。そのため、右工事期間中、総人口一六万一、四四七人、総世帯数五万七、二八四を有する同市の粗大ゴミ全量を「大阪環境」において処理しています。(この点は、控訴審において立証します。)

以上のように、「大阪環境」の地方公共団体や地方住民のための貢献度は大なるものがあります。被告人が、前記のとおり、最初大阪市の指導により、大阪市城東区放出地区で焼却炉を建設しようとして、地区住民の猛烈な反対に遭い、中絶のやむなきに至りましたが、その時に、若し諦めてしまっていたならば、現在の焼却炉の存在がないのです。被告人が産業廃棄物の優秀な中間処理場を建設したいという執念を燃やし、引き続き大阪市の指導の下に現在の焼却炉の建設を断行したために、今日各地の地方自治体にも活用される立派な焼却炉を建設することができたのです。産業廃棄物の処理施設の中で、特に焼却炉の建設は、地方自治体でも住民の反対が強いために非常に困難であるため、建設廃材等の大型焼却炉を民間で保有しているのは「大阪環境」だけといってもよい程で、この被告人の決断と実行力は素晴らしいものがあり、また、この焼却炉があればこそ、年間四億円以上の法人税を納付できる会社に育てることができたもので、その社会に対する貢献度は極めて高いものがあると思料します。

第七 被告人の存在の必要不可欠性について

「大阪環境」は、被告人と従業員の力で今日の基盤ができたものですが、なんと申しましても、被告人の抜群の独創力・事業の先見性・決断力・職員の統率力等の経営能力・実力が原動力となっていることは明らかであります。また、産業廃棄物処理業は、同和関係者と深い関係があり、たとえ中企連を脱退いたしましても、事業遂行上どうしても同和関係団体と交渉して難問を解決しなければならないことが多く、更に、昨今の激動する経済社会で、円高不況、世界的デフレ経済下において、中小企業が生き伸びるには、オーナー社長の手腕・力量に待つことが大であります。昭和六一年九月号の月刊雑誌「NEXT」に、「史上最高の倒産!社長格差、トップがバカか利口かで会社が決まる」として、一流企業でさえ、社長の能力如何により、会社の経営に重大な支障が生ずるように記述されています。また、同年九月号の「プレジデント」(ビジネス新時代の総合誌)に、「特集企業危機、この不況といかに闘うか」として、「来島どっく・日立造船・ソニー・日本郵船・日本航空」の各社の経営危機を報じ、「こんな経営者が会社をつぶす」として、一流企業でも、会社経営者の能力如何では、経営が危機となることが記述されています。このように経済界が円高等で激動しているときは、会社経営に当たり、社長の能力が如何に大切であるかは、さきに倒産して全国的に有名になった安宅産業を始め、三光汽船、平和相互銀行の例をまつまでもなく、公知の事実となっています。

「大阪環境」は、産業廃棄物処理業界では全国一と申しましても、資本金四、八〇〇万円の中小企業です。このような激動の経済界の中で、国に多額の納税が出来るような会社経営をするには、社長である被告人なしには到底不可能な状態です。その上「大阪環境」では、前記のとおり、

ア 最終処理場の拡張・新設

イ 廃油、汚でい、廃プラスチック等の中間処理場の譲受け・改修

ウ 現在の焼却炉の公害防止の電気集じん機の設置

エ 現在の焼却炉施設の増設・改造

オ 数年後の焼却炉の全面改造のための資金蓄積

カ 焼却炉改造のため本社社屋除去に伴う本社社屋の新設

等の大事業が残っています。

中でも、最終処理場の新設は、公共事業でも至難中の至難な仕事とされています。その上、昨年東京都八王子市の戸吹ゴミ処理場(一般廃棄物)で、汚水が流出して下流の河川が汚染される事故が発生しましたので、最終処理場の建設がますます困難となっています。この八王子の処分場は「管理型」処分場で、いわゆるシート張り工法が用いられており、その遮水シートが破損したのではないかと想定されています。このような事故が若し、民間の最終処理場で発生したならば一挙に何十億という損害になるので、今後最終処理場を建設するには、従来にも増して、住民の反対が強くなる上、このような工法上の問題もあり、社長である被告人が自らその衝に当たらなければ、到底実現が不可能です。(この点は、控訴審で立証します。)

また、前記アないしカの事業を遂行するには、更に、概算四、五〇億円に上る莫大な設備投資資金が必要であり、今後は、正規に税金の申告をした上資金の蓄積をしなければならないことと、その多くを銀行借入で賄う必要があり、銀行借入には社長である被告人の個人保証が必要であり、被告人の存在は一日も欠かすことができないのです。因に、昭和六一年八月六日現在、「大阪環境」の三和銀行守口支店及び福井相互銀行大阪支店からの借入金の残高は約七億七、八六六万円ですが、その借入の総ては被告人の個人保証であり、今後銀行融資を受けるには、これまた社長である被告人が自ら実行し、個人保証をしなければ不可能なことばかりです。(この点は、控訴審において立証します。)

最近ベストセラーをつづけている長谷川慶太郎著徳間書店発行「日本はこう変わる、デフレ時代の開幕と経営戦略」の中で、欧米の経営者に比べ、日本の経営者が、あらゆる経営環境の変化に、最も迅速かつ的確に対応できるようになったのは、「日本の経営者は、会社の借金に対して個人保証をしているからである。日本の経営者は、いかなる事態の変化が発生しても、全力を上げてその変化に対応しないと自分の経営する企業が倒産して、同時に自分の全財産を失うと考えているからこそ、従業員の先頭にたって必死に努力する。米国、欧州諸国では、経営している企業が倒産しても自分の財産を失うわけではないから、日本の経営者ほど必死に働こうとしないし、また働かなくてもやっていける。」と書かれています。(この点は、控訴審で立証します。)

被告人は、昭和三七年ころ、建設廃材の廃棄物処理業を発案し、爾来現在に至るまで、社会の底辺の仕事と言われている産業廃棄物処理業一筋に打ち込み、その間、昭和四九年三月に「大阪環境」を設立し、同年一〇月には、大阪市の行政指導で、全国一の焼却炉工場を建設し、第二次オイルショック後には、建設廃材以外の産業廃棄物に着目して営業二部を新設し、また、建設現場の廃棄物を収集し易くするための建設廃材のコンテナー化の発案や一般廃棄物の粗大ゴミと産業廃棄物の混焼システムの発案等(前記原審弁一号証一〇頁ないし一三頁参照)卓抜した創造力を発揮して、常に業界のトップの座を歩むとともに、従業員に率先して、時には早朝から深夜に至るまで、普通の社長の何倍かの精神的・肉体的努力を重ね、身を粉にして働いてきたために、裸一貫から始めたこの事業が、今や全国一の業者になり得、取引銀行の信用も厚く、「大阪環境」の銀行借入金は全額被告人が保証することにより、設備投資が円滑に進み、「大阪環境」を業界トップの年間四億円以上の税金を納付できる会社にすることが出来たのです。若し、被告人が実刑で服役したならば、忽ち取引銀行の信用がなくなり、銀行から融資を受けることが極めて困難となるばかりでなく、継続して実施しなければ会社の経営に多大の影響がある各種設備投資ができなくなり、会社の存続すら危ぶまれることは必至です。(この点の立証は、更に控訴審で行います。)

更に、本件の一審判決後、昭和六一年七月二二日に、米国のウェイスト・マネェジメント社が東京証券取引所の外国部に株式を上場しましたので、今後の同社の動向に徴して、「大阪環境」も増資の必要性が大となり、増資が順調に進展し、会社の業績が向上したならば、株式を上場する必要も出てきました。

ウェイスト・マネェジメント社は、一九六八年に設立された米国最大の廃棄物処理サービス企業で、優れた経営能力・積極的な企業買収、合併等によって極めて高い伸びを続けている我が国では類例のない大規模な産業廃棄物処理業者です。同社の一九八五年度の決算によると、総資産二二・六億ドル(一ドル一五五円換算で約三、五〇三億円)、売上高一六・三億ドル(前同換算で約二、五二七億円)、税引利益一・七億ドル(前同換算で約二六四億円)となっています。まだ日本において産業廃棄物処理業の許可申請は行っていませんが、米国外でも中東、南米を中心に数か国で廃棄物処理サービスを実施しているので、我が国でもその実施は時間の問題とされています。このような桁外れの大企業が進出してきた場合、これに対抗して生き残るには、自己資本を充実させて、金利のいらない資金で事業を拡大させていくより方法がないので、増資の必要性が極めて大きく、増資を何回か繰り返した上、できれば株式を上場することが最も好ましいのです。そのためには、被告人の存在は必要不可欠で、被告人なしには到底このような重大な仕事は不可能です。なお、被告人の実刑判決が確定しますと、「大阪環境」の経営が危ふくなるので、全従業員の死活の問題ですから、従業員の間から自然発生的に社長救済嘆願の署名運動が起こり、従業員全員の署名による嘆願書が作成され、弁護人の下に届けられました(以上の点は、控訴審において立証します。)

第八 株式会社サンワの脱税について

株式会社サンワの脱税は、本件起訴にかかる全脱税額の〇、五三五パーセントに過ぎないのですが、原判決で、その逋脱率が平均九六パーセントと高いことが非難されていますので、この点の情状について申し上げます。

この会社を設立するに至った動機は、被告人の実弟森塚順一が、郷里の福井大学の学生寮を作って経営したいという相談を被告人にしてきたので、森塚家には、被告人が更生して最初にまじめな仕事を始めようとしたとき、その更生資金として昭和三五年に五〇万円を出してもらった恩義がありましたので、(前期弁一号証二頁参照)何とか資金を出してやろうと考えて、種々検討した結果、学生寮を経営するのは、労多くして功が少ないことが分かり、旅館業の経営者の勧めによって、この会社を設立したのです。被告人としては、この会社の投下資本が回収でき、事業が軌道に乗ったら、前記実弟森塚と福井新聞社を定年退職した実弟吉村薫に全部譲って弟達にあげようと思っていたものです。(この点は、控訴審において立証します。)

この会社を始めたときに、被告人がこの業界の経営者から、この業界では、売り上げの二〇ないし三〇パーセントを除外するのが普通であるように聞きましたので、この業界の慣例に従い、売り上げの二〇ないし三〇パーセントを除外して申告していたのです。これを原審検察官の冒頭陳述書添付の修正損益計算書により正確に計算しますと、昭和五八年一月三一日決算分の売り上げ除外は、二七・一三パーセント、昭和五九年一月三一日決算分の前同は、二五・八四パーセント、昭和六〇年一月三一日決算分の前同は、二一・四五パーセントで、毎年除外率が低くなっています。逋脱率が九六パーセントといいますと、何か売り上げの九六パーセントも簿外にしていたように考え勝ちですが、そうではないのです。

この会社は、前記のとおり、最初から実弟達に譲るつもりで設立した会社で、脱税していたことは間違いないのですが、その売り上げ除外分は完全に割引国債等で蓄積されており、被告人が個人で特に利得したものはありません。また、この会社の売り上げは、コンピューターで処理されていて、査察調査の結果、その資料が全部押収されましたから、逋脱所得は一〇〇パーセント国税局に捕捉されました。このように、この会社の脱税の手口も極めて幼稚でありまして、通常現金商売に見られるような悪質な手口のものでは全くないのです。

被告人は、この会社設立当初の予定どおり、この会社を実弟達に譲って、「大阪環境」の経営に専念すべく、昭和六一年八月三一日、同社代表取締役および取締役を辞任し、同社と完全に関係を断ちました。従って、今後この会社で再犯を犯す虞は全くありません。(この点の立証は、控訴審で行います。)

第九 被告人の改悛の情について

被告人は、本件で査察官の捜索を受けて以来、その犯した罪の深さと重さを痛感し、査察官の調査の際も検察官の捜査の際も、本件犯行を全面的に認め、簿外で蓄積してきた資産を全部提出し、その改悛の情が顕著であるため、終始不拘束でお取調べいただき、在宅で起訴という恩典に浴しています。

また、被告人は、原審公判延でも最初から全面的に犯行を認め、起訴と同時に、査察官の調査どおり、脱税した法人税の本税を即納し、本年二月七日までに、府・市民税、延滞金、重加算税全額を納付しました。これらを全部合計しますと、「大阪環境」の本年一月二〇日決算の法人税の確定申告は、顧問税理士に一切調査計算していただいて、正直に申告し、今期だけで、法人税を四億一、二三五万一二八円納付いたしました。更に、「大阪環境」と株式会社サンワに対する法人税法違反の原審判決は控訴せずに確定させ、その罰金計二億一、二〇〇万円を昭和六一年六月二四日と同月三〇日に全額納付しました。(この点は、控訴審で立証します。)

手口が巧妙・悪質で、査察着手後調査・捜査妨害等をする悪質な脱税者に対しては、査察対象年度三か年以外に更に二年遡って計五年分の逋脱所得に対する課税・重加算税を課せられるのですが、本件では、被告人が会社設立依頼簿外で蓄積した資産全部を提供し、これを公表帳簿に計上(原審検察官提出証拠、被告人に対する昭和六〇年一一月二一日付け検察官調書末尾添付の自昭和五七年一月二一日至同五八年一月二〇日「大阪環境」事業年度分の確定修正申告書別表五(一)の期首現在利益積立金金額欄の預現金・預金、有価証券、未収入金等合計一九億六、八四一万六、五四二円が右計上した簿外資産)しましたので、国税局ではその情状を特に勘酌して、逋脱所得に対する徴税については、査察対象三か年間だけにされました。被告人の改悛の情が極めて顕著であることを考慮された上の措置と思料します。また、検察官も、被告人が会社設立以来の簿外資産を全部提出して全面的に自白したため、被告人の改悛の情が顕著であるとして、被告人を一日も逮捕せずに、終始不拘束で捜査し、被告人はもとより、被告人の指示で「大阪環境」の関係者も全部捜査・調査に協力したので、査察着手後一か月で起訴という異例のスピード処理で捜査が終了しました。この一事を見ても、被告人が如何に改悛の情が顕著で、査察調査・検察の捜査に協力してきたかが分かります。

また、「大阪環境」設立以来の増差所得の簿外資産全部を提出し、法人分と個人分を計算していただき、その結果、自宅にある家財等は個人資産として計算されていたのですが、原審判決では「本件ほ脱額の一部が被告人の奢侈のために使用されていたこと等の事情からすれば、被告人の責任は甚だ重いといわざるを得ない」と判示されていますので、右家財等の所得の帰属の如何にかかわらず、被告人は、原審判決で指摘されました奢侈品を全部大丸百貨店心斎橋店に売却処分し、その処分金全額三、五四三万円に被告人の私財九、五〇〇万円を加え、計一億三、〇四三万円を次のとおり贖罪寄付いたしました。(この点は、控訴審で立証します。)

寄贈先 寄贈金額

1 大阪府福祉基金 五〇、〇〇〇、〇〇〇円

2 社会福祉法人大阪市社会福祉協議会 四〇、〇〇〇、〇〇〇円

3 大阪市鶴見区社会福祉協議会 二〇、〇〇〇、〇〇〇円

4 大阪府門真市民生費寄付 一〇、〇〇〇、〇〇〇円

5 社会福祉法人輝会 五、〇〇〇、〇〇〇円

6 社会福祉法人葛城会 五、四三〇、〇〇〇円

また、捜査中に中企連を脱退しましたし、「大阪環境」の税務会計部門を強化して二名増員し、顧問税理士も一名増員し、二度とこのような脱税をしないように努力しています。

このように、被告人としては、被告人の立場で出来る可能な限りの誠意を示しており、改悛の情は極めて顕著であります。また、今回の捜査と今期の正確な確定申告により、「大阪環境」の業務内容の全貌が税務当局に明らかになりました。今後は、今回の申告を基礎にして正確に申告して参りますので、再犯の虞も全くございません。

また、「大阪環境」では、従来支出していた裏給与・裏賞与の支給は、この事件を契機に全廃して、全部表で支給するように給与の引上げを完了していますので、裏給与・裏賞与の支給も絶対にいたしません。

なお、原判決に「本件ほ脱の一部が被告人の奢侈のために使用されていたこと等」と判示されている「等」とは、被告人が妻と別居して内縁の妻と同居していることを捉え、本妻と二人の娘がいるのに、本妻と別居して二号と同居し、豪邸で贅沢な生活をしていると見られているのではないかと推察されますので、この点について、一言附言します。

被告人は、本妻がいるのに、いわゆる二号を囲っているのではありません。本妻とは、昭和四七年ころから性格が合わず別居し、実質上離縁しているのですが、娘が二人(いずれも現在大学生)いる関係で、戸籍上離縁していないだけです。現在同居している内妻は、元「大阪環境」の従業員で、被告人と結婚しているのですが、右の事情で入籍できないだけです。内妻との間に男の子(現在中学一年生)が一人生まれ、三人で生活しているのです。また被告人は仕事一筋の男で、バー・クラブ、料亭には、仕事上の交際以外は殆ど行かないという人で、事業家にしては珍しい程硬物で、趣味・娯楽としてはゴルフをするだけです。(この点は、控訴審において立証します。)

第一〇 同種事件の裁判例との比較について

申すまでもなく、犯罪にはそれぞれの動機・原因等諸般の事情が異なりますので、量刑の決定に当たっては、個別的に判断しなければならないことは論をまたないところですが、裁判実務においては、同種類似事件の裁判例と比較衡量して公平を期することも必要です。そこで、本件と略同規模の最近の同種事件の裁判例を調べたところ、次のとおり二件ありました。

その一は、昭和五七年九月一〇日奈良地方裁判所で宣告された草竹コンクリート工業株式会社とその社長の法人税法人税違反事件(以下奈良事件という。)です。

この判決は、被告法人に対し、罰金一億四、〇〇〇万円、被告人に対し、懲役三年、但し、四年間執行猶予の言渡しがあったもので、一審で確定しています。

その二は、昭和六一年七月三一日大阪高等裁判所で宣告された医療法人錦秀会前理事長藪本秀雄の法人税法違反、背任、業務上横領等事件(以下大阪高裁事件という。)です。

この判決は、被告人に対し、一審の懲役二年の実刑判決を破棄し、改めて懲役二年、但し五年間執行猶予の言い渡しがあったもので、二審で確定しています。

この奈良事件および大阪高等事件の判決に示された情状と本件の情状を比較しますと次のとおりです。

一 脱税額の比較

本件の脱税額は、「大阪環境」分と株式会社サンワ分を併せて、

三期合計 八億七、九〇六万三、一〇〇万円で

奈良事件の脱税額は、

三期合計 八億一、六二七万七、七〇〇円で、略同額です。

大阪高裁事件の脱税額は、

三期合計 六億五、〇〇〇万円です。

大阪高裁事件の脱税額は、本件より少しすくないのですが、この事件は、脱税事件の外に、国宝の日本刀購入費を医療機購入代金に仮装したりして法人の金一億八、〇〇〇万円を流用した背任、愛人の手切れ金用に八、〇〇〇万円を横領した業務上横領、保健所に架空の看護婦などの従業者届け一八七通を提出した私文書偽造・同行使、無資格者を使って患者にエックス線を照射したエックス線技師法違反があります。

二 犯行の動機・原因の比較

奈良事件では、「本件所為に及んだ経緯、動機においては、被告人草竹杉晃の自己の健康に対する不安、それに加えて被告会社の業態が景気の変動による影響を受け易い業種であることによる危惧が手伝っていたという事情が看取されること」と判示されています。

また、大阪高裁事件では、「本件犯行は、被告人が錦秀会理事長として、その病院の経営に携わるうちに犯したものであるが、その原因は、被告人が錦秀会の規模の拡張のみに熱心で、組織内部の充実、管理体制の確立を怠り、錦秀会の法人性を無視してこれを私物化し、経理面ににおいて公私混同したことにあるといっても過言ではない。(中略)被告人は、前記建設会社からの受贈益収入などによる多額の簿外資金を秘匿した理由として、昭和五一年ころ自分が癌の前症状があるという診断を受け、万一の場合には錦秀会の経営が破たんすることになるので、その整理資金を確保しておく必要があると考えたからであると弁解するところ、その心情には理解できる面もあるが、脱税という違法な方法をとったことに斟酌しうべき事情であるとは考えられない。」と判示されています。

本件「大阪環境」の犯行の動機・原因は、前記のとおり、生活環境審議会でその経営の充実を図るように指摘されている、公害防止や生活環境保全のため必要な公益性の強い産業廃棄物処理業を営む「大阪環境」の経営を充実させるための設備投資資金蓄積がその主なものであり、その上、「大阪環境」では廃掃法の不備のために、大阪市の強い要望により巨額の設備資金を投じて大型焼却炉を設置しましたが、「大阪環境」が主として取り扱っている新築現場から排出される建設廃材が、大阪市では産業廃棄物だとして指導しているのに、法令上は一般廃棄物であることが明らかとなり、廃掃法上は違法なことをしていることになるのですから、何時如何なる事態が生じて、違反に問われたり、業務の内容を変更しなければならないかも分からないという不安定な立場にあり、不測の事態に備えて資金を蓄積する必要がありましたから、右両事件よりも遙に憫諒すべき情状が大であると思料します。

三 犯行の手段・方法の比較

奈良事件では、「その脱税手段の態様も比較的単純なもので、必ずしも強度に悪質という程のものではないこと」と判示しているだけなので、その犯行の手段・方法の詳しいことは不明です。

大阪高裁事件では、「判示第一の二ないし六の各背任および判示第二の各業務横領の犯行は、これらを併せると、犯行回数は一三一回に及び、その期間も約五年間にわたり、被害総額は二億八、〇七三万円余にのぼるところ、その各犯行の方法は、情交関係のある女性の実妹を経理課長に配置して経理全体を担当させ、同女に指示をして思いのままに錦秀会の財産を利得したものであって、各背任の態様は判示のとおりであり、また各業務上横領は架空の接待交際費などを計上して金員を着服し、これをかつて同棲したことがあり被告人の病院開設に資金面の援助をしてくれた女性への一億円の贈与金の一部に充て、あるいは情交関係のある女性などへの贈り物を購入するなどして費消したものである。その各犯行の動機に格別の酌むべき事情は認められず、その方法、態様に照らすと、公私混同の極まったもので、甚だ悪質であるというほかない。判示第三の一、二の各私文書偽造、同行使の犯行は、錦秀会においては医療法所定の看護婦の定員に隊する充足率が低く、毎年行われる所轄保健所の医療監視への対応に苦慮し、退職看護婦をいまだ在職しているよう偽装するなどの方法をとっていたところ、昭和五五年一一月に阪和泉北病院を開設するに際し、右方法では対応できなくなり、全国各地から看護婦免許証写を一通当たり五万円で多数買い集めた上、それを利用して敢行したものであり、その犯行露見を防ぐため架空看護婦の出勤表を作成し、その社会保険の加入もするなど入念な偽装工作までしている極めて計画的で悪質な犯行であって、およそ医療業務を行う者としてあるまじき卑劣な行為といわなければならない。また、判示第四の無免許者による放射線照射の犯行は、錦秀会の放射線技師の人数は医療法所定の定員を充足していたものの、放射線照射の検査件数が多く、技師だけで処理できないため、無免許の学生らにより患者に放射線を照射する業をしていたものであり、これは免許制度をとっている法の精神を無視し、患者の信頼に反する行為として、その責任を軽視することはできないと考える。次に、判示第五の一ないし三の各法人税法違反の犯行は、被告人が、錦秀会の理事長として、その業務に関し、三事業年度にわたり、不正行為により合計一六億四、〇三八万円余の所得を秘匿し、合計六億五、六一五万円余の法人税を免れたものであって、その所得ほ脱率は二五・一パーセントで高率とはいえないが、ほ脱所得額が極めて多額である。そのほ脱の手段は、受贈益(いわゆるリベート)収入の除外、医薬品などの架空仕入、架空資産の減価償却費及び架空接待交際費の計上などである。受贈益は、錦秀会が病院施設の建築を請負わせた建設会社に対し、その立場を利用してリベートを要求し、同社から五回にわたり合計七億六、〇〇〇万円もの巨額のリベートを受け取り、さらに医療薬品納入会社に対てもリベートを要求して合計二、二四一万円余を受け取り、これらを収入から除外していた。また、右医薬品納入会社の意向を迎えて同社からの医療品合計四、九八〇万円の架空仕入れを計上したほか、関連の食品会社からの給食用精米合計一億〇、一一二万円余の架空仕入れを計上し、さらに、架空の医療機器の原価償却費及び建物の過大資産評価による減価償却費合計一億六、〇九六万円余ならびに架空の接待交際費一億三、六二四万円をそれぞれ計上して裏資金を捻出していた。このようにして得た簿外資金は、被告人が個人的用途に費消した以外は、被告人が妻に東京で仮名の有価証券などを購入させるなどして秘匿していたものであり、しかも脱税の発覚をおそれ、関係の取引業者から虚偽の書類を徴し、錦秀会の会計帳簿を偽造し、本件税務調査着手後も関係者に働きかけて口裏を合わせるなどしていた。これら脱税の対象となった収入の獲得の方法は強引であり、脱税の手段、方法は、計画かつ巧妙で極めて悪質であって、悪徳営利企業なら知らず医療法人のすることとは到底考えられないほどのものである」と判示されています。

本件「大阪環境」の犯行手段・方法は、前記のとおり、架空経費の計上(架空捨場料)と現金による売り上げの除外が主ですが、いずれも、極めて単純かつ幼稚な方法で、いずれも裏付け資料の工作を全くしていないので、反面調査をされれば、いとも簡単に発覚するものばかりで、右両事件特に大阪高裁事件に比較すると、遙に情状憐諒すべきものがあると思料します。

四 被告人の改悛の情の比較

奈良事件では、「なお本件については修正申告をし、既に本税を追徴金とともに納付済であること、(中略)同被告人は深く自己の非を反省しており」と判示しています。

また、大阪高裁事件では、「被告人の公私混同による判示第一の二ないし六、第二の各背任、業務上横領の被害については、被告人において、他から借入金などによってそのすべてを錦秀会に弁償ずみである。(中略)判示第五の一ないし三の各法人税法違反に関しては、(中略)被告人が簿外資金として保管していた財産が錦秀会の経理に提供され、これをもって本税、加算税、延滞税、その他関連する地方税などすべてが納付ずみとなっている。(中略)被告人は、原審での審理の当初から本件各犯行を認めて反省悔悟し、保釈後の昭和五七年五月錦秀会の理事長及び理事を退任するとともに阪和病院長を辞職したほか、大阪市住吉区医師会長など九つの役職も辞任し、また従前の女性関係をすべて精算して身辺を整理し、現在は信仰の道に入って修養しており、その宗教関係の団体を通じて難民救援資金一億円を贖罪寄付している。」と判示されています。

本件「大阪環境」の被告人は、前記のとおり、査察調査段階から原審の公判終了まで終始犯行を認め、証拠隠滅工作は全く行わず、簿外に蓄積した財産を積極的に全部提出して査察調査、検察捜査に全面的に協力して改悛の情が極めて顕著であったため、一日も逮捕されずに不拘束で査察調査・検察捜査が行われ、査察着手から一月余りで起訴という異例のスピードで捜査処理ができたのです。また、起訴と同時に、査察調査どおり修正申告をして、脱税した本税を即納し、地方税を含め追徴金・重加算税も本年二月七日までに全額納付いたしました。本年一月二〇日決算の税務申告に際しては、顧問税理士に全部調査してもらい、漏れなく申告して、今期の法人税だけで四億一、二三五万円余を納税しており、更に、会社設立依頼、査察対象年度までの増差所得につきましても、全部簿外資産を提出して公表帳簿に計上しています。更に、被告人は、原判決で奢侈にわたる家財備品について指摘されましたので、その帰属の如何を問わず、これを全部処分し、その処分金全額に私財九、五〇〇万円を加えて、主として身体障害者の福祉施設等にこれを贖罪寄付いたしました。このように被告人の改悛の情は極めて顕著であります。

奈良事件では「被告人は深く自己の非を反省しており」判示されているだけであり、大阪高裁事件は、前記のとおり、査察調査着手後にも関係者に働きかけて口裏を合わせている等犯情が悪く、右両事件に比較し、本件被告人の方が純情で、改悛の情が顕著であることがあきらかです。

五 被告人の存在の不可欠性の比較

奈良事件では、「被告人会社の業務に関し代表者である被告人の存在が必要不可欠なものであって、実刑に処せられると同会社の経営に著しい困難が生じること」と判示されており、被告人の存在の不可欠性の具体的内容が不明です。

大阪高裁事件では、「錦秀会としては、被告人が理事長を退任した後においても、その経営能力、信用を必要とする状況にある。すなわち、錦秀会は、現在金融機関などからの借入金約一〇〇億円を抱えているが、これについて錦秀会の財産が担保に供されているとはいえ、被告人も個人保証をしていてその信用に負うところが大であり、被告人の錦秀会への協力がなければ金融機関がその貸付を継続するか疑問であり、また、錦秀会の医師の大部分は大学からの派遣医師であるが、その医師の確保についても被告人がこれまで培ってきた人脈に頼らなければ困難であると考えられる。被告人は、理事長を退任して経営の実権を失って後も現在まで錦秀会の右経営上の資金面人事面その他につき全面的に協力し尽力してきたのであるが、それが断たれることになれば、錦秀会は経営の危機に立たたされるおそれがある。」と判示しています。

本件の原審判決では、この被告人の存在の不可欠性については何も触れず「弁護人らの指摘する被告人に有利な諸事情を十分考慮にいれても」と判示していますが、この重要な情状について殆ど考慮されていないと考えます。

本件被告人の存在の不可欠性は、前記のとおり、「大阪環境」の業務の特殊性、今後実施しなければならない設備投資等の大事業が多く、更に、原審判決後の米国大企業の日本証券市場への進出等に対応するための増資等のため、被告人の存在は一日も欠くことができないものであり、また、被告人の能力を発揮させて「大阪環境」の業績をより一層上げさせることが、被告人を実刑に処するよりも、国および国民全体のためになるのに、原審判決がこの点について触れなかったのは理解に苦しむところです。

このように、本件被告人は、右奈良事件より不可欠性が大であることはもとより、大阪高裁事件に比較しても優とも劣らない不可欠性があると確信いたします。

六 社会に対する貢献度の比較

奈良事件では、この点は何も判示されていません。各種コンクリート製品の製造販売等を営業目的とする公益性のない私企業の会社の脱税事件ですから、とりたてて判示する程のものはないためと思料します。

大阪高裁事件では、「被告人は、医療の前に身の貴賎や貧富の差があってはならないという信念に基づき行路病者、老人など弱者に対しても別隔てなく医療をほどこすべく個人病院から出発して、錦秀会を設立し、その後も病院を拡張して、地域医療、老人医療に尽力し、また救急医療の先駆として多数の患者の診察、治療に当たってきたものであり、永年錦秀会の理事長として社会に貢献してきた業績は正当に評価されるべきである。」と判示しています。

本件「大阪環境」の被告人の社会に対する貢献度は、前記のとおりであり、奈良事件に比し遙に高く、また、大阪高裁事件に比較しましても、医療の面と公害防止・生活環境保全の面の違いはありますが、優るとも劣らないものがあると思料します。

七 その他の比較

本件が、奈良事件および大阪高裁事件と比較して非常に異なる点は、「大阪環境」の脱税が大型になった大きな誘因として、税務当局の実質的な税務調査が長期にわたって全くなかったことと、本件被告人に前科があることです。

前者は、前記のとおり、「大阪環境」および被告人にとっては、奈良事件・大阪高裁事件に比較して遙に有利な情状となると考えます。

後者は、被告人にとって、右両事件に比較して唯一と言ってもよい不利な点であります。しかし、この前科は古く、特に本件についての不利益な情状とするには当たらないと思料します。

以上のとおりで、本件は、奈良事件・大阪高裁事件と比較いたしましても、むしろ、より有利な情状が多く存在し、不利な情状は非常に少ないと思料します。

第一一 脱税事件の初犯者に、自由刑の実刑を課すことの当否について

一 はじめに

最近、直接国税逋脱犯について、自由刑の実刑を課す実例が東京地方裁判所を中心に漸増しているように思われます。しかしながら、脱税事件について実刑を課することの当否、特にその初犯者に対して実刑を課すことの当否については、我が国における税制の経緯、納税する側の国民全般の法意識を含めた納税意識、脱税状況、課税し訴追する側の国税当局、検察当局の税務行政、租税検察の現状等を究明した上慎重に検討する必要があると思料します。

二 我が国における税制の経緯と国民全般の納税意識等について

我が国における租税罰の変遷は、昭和一九年の間接税法関係罰則の改正までを第一期とし、この第一期の刑罰の種類は、罰金・科料のみとし、その額も脱税額に比例する定額(所得税法、法人税法では三倍、関税法、物品税法、酒税法等では五倍相当)として、裁判官に裁量の余地を認めない絶対的定額刑主義が採用され、自首不問罪(自首し又は税務署長に申し出たる者は其の罪を問わず)、刑法総則の大幅な適用除外等が規定されており、刑罰の形式をとっているとはいっても、その実質は損害賠償的な色彩が極めて濃厚でありました。(大審院判明四〇・一〇・一〇刑録一三・一〇九六参照)

その第二期は、昭和一九年の改正以降戦後の改正までの期間で、この第二期では莫大な戦費を捻出する必要から、間接税が大幅に増強されて懲役刑が採用される一方、情状により罰金刑を併科し得ることとされ、また財産刑についても量刑に裁量の余地がある程度認められるようになりました。

その第三期は、戦後の改正以降で、昭和二二年に直接国税について申告納税制度への転換が図られましたが、これを契機として、所得税法および法人税法では、逋脱犯等につき懲役刑が採用されるとともに、財産刑について絶対的定額刑主義が廃止され、自首不問罪の規定も削除され、転嫁罰規定は両罰規定に改められました。また、実施面でも、昭和二三年には間接国税犯則者処分法が国税犯則取締法に改められ、直接国税の犯則事件にも収税官吏(国税査察官等)の調査権が認められるに至りました。

このように、直接国税の脱税事犯については、戦前は罰金刑のみで、自由刑はなかったのですが、戦後昭和二二年の税制改革で、初めて自由刑が導入されたのです。

この租税犯は、行政的刑罰法規に属し、行政犯とされています。この租税犯について、行政犯(法定犯)の自然犯(刑事犯)化ということが言われていますが、国民全般の税法の遵法精神はまだまだ低いと言わなければならない実情にあり、検察官としては、租税犯を早く完全に自然犯化させたいという願望があると思いますが、現実の社会の実態は、租税犯が完全に自然犯化するにはまだまだ程遠い感がいたします。

また、申告納税における脱税事犯は、国の徴税権を犯すものですが、詐欺罪とは異なるとの理論構成は確定的・支配的です。自首申告納税制度は、我が国の他に、アメリカ、カナダの二カ国しか実施していません。アメリカでは、申告書に「詐欺罪になるとの条件の下に、わたしは添付明細書及び報告書を含むこの申告書を調べた結果、私の知る限りにおいて、また、私の信ずる限りにおいて、これらが真実、公正かつ完全であることを宣誓します。」と記載されたところへ納税者がサインをするように義務づけられているのです。従って、これに違反すると詐欺罪になり、そうなると罰金刑では済まず、重罪として禁固刑を受けることになるのです。だから処罰を覚悟した宣誓による自署というものがあって、自分の申告内容に対してそれが正しく遵法されたものであることを誓っているのです。これがアメリカにおける納税の基本ですから、そこのところが抜けた我が国のような申告納税は形骸に過ぎないと言われています(福田幸弘著、税制改革の視点二八四頁二八五頁三二七頁)。進駐軍が占領中の我が国に実施させた自主申告納税制度に、アメリカのような右宣誓を除外した理由は詳びらかではありませんが、我が国がアメリカと比較して、法意識が非常に異なり低いところから、右宣誓を除外したものと推測され、この宣誓を除外したことは、刑罰を課する上で重要です。(この点は、控訴審において立証します。)

周知のとおり、アメリカはメイフラワー号に乗ってやってきた建国の始祖たちが、船中で契約書を作成し、法への忠誠を誓約して始まった国家であり、法万能主義であり、国民の権利、義務意識は強く、権利を主張することも、義務の履行を求めることも強烈な国民であります。この点が我が国と非常に異なるところで、我が国は完全な法治国家ですが、国民は文化として、ひとびとはことを荒だてず、理想的には事なかれで行きたいと願っているのです。(司馬遼太郎著、アメリカ素描三二四頁ないし三二七頁、三五四頁ないし三五六頁)アメリカは特に国家も国民も、その国家成立の経緯上、納税については厳しい感覚を持っています。それに比し、我が国は、脱税が一般に行われ、国民一般の脱税に対する罪の意識が薄いことなどは、日本経済新聞に連載され、同新聞社から発行されている「ザ・税務署」その他の著書、報道によって明らかなとおりで、アメリカとは比較にならない程隔絶しているのです。従って、租税犯について、我が国でも、詐欺・横領等の自然犯と同様に、自然犯化することは、国家としては好ましいことですが、まだまだ自然犯化の道は遠く、アメリカでは脱税の刑罰が重いから我が国でも同様に重くしなければならないという論理は、今直ちに当てはまらないのです。(この点は、控訴審において立証します。)

また、自主申告納税制度を確立し、事業所得者等に対して公平に課税するには、総ての申告者が正確に申告することが大前提ですが、我が国には白色申告制度があり、この制度の利用者は全体の約半数を占めているのに、この利用者には、昨年まで記帳義務すらなかったのです。申告納税が正確に行われているかどうかは、正確な記帳が前提であり、これなしには正確な申告は不可能に近いのです。また、公平な徴税をするには、この記帳内容についての税務調査が十分に実施されることが必要です。昨年からようやく白色申告者にも記帳義務が課せられましたが、これとても、記帳していなくても、何の処罰規定もないのです。この白色申告制度の利用率の最も多い業種は弁護士で、弁護士全体の約八〇パーセントが白色申告を利用していると言われています。このような脱税を放任するような白色申告制度がある以上、いわゆる「クロヨン」という不公平税制が改善されないのです。また、国会で昨年からその実施が決議までされていた、いわゆるマル優など非課税貯蓄制度における「グリーンカード制」が、いよいよ実施の段階になって国民の反対が強く、遂に、実施がお流れになり、本年一月から預金者の確認管理だけが行われていますが、名寄せのための具体的対策が一向に進展していないため、脱税が横行しています。昭和六一年九月一九日日本経済新聞夕刊には、「架空名義などをつかってマル優など非課税貯蓄制度を悪用、利子課税を免れていた不正預金や債券は、金融機関の一割を調査しただけで一年間に一兆四千億円と史上最高となったことが一九日、国税庁のまとめで明らかになった。前年度調査に比べ四七・四%の急増ぶりで、この結果から単純推計した金融機関全体の不正貯蓄の規模は十二兆円超。昭和六一年三月末現在、非課税貯蓄残高計二八七兆二、二〇六億円」と報道しています。最近、この非課税貯蓄制度廃止の機運が高まっています。この貯蓄に六%の利息がつくとして、年一七兆二、三三二億円の利子収入が免税になっているのです。法人税の課税所得が全部で約二五兆円ですから、無視できない不公平税制であり、また、脱税の温床にもなっているのです。(前記福田幸弘著「税制の改革の視点」五頁六頁参照。この点は、控訴審で立証します。)

このような税制と現実では、国民の納税意識・道徳を向上させようとしても、税制自体が脱税を容認しているような制度を設けているのですから、その意識の向上はなかなか進展しないのです。

三 国の税務行政、租税検察の現状について

一方、我が国では、国税の税務調査を担当する職員も租税検察を担当する検察庁の職員も極めて不足しているのが現状です。アメリカでは、レーガン大統領が抜本的行政改革を実施して、公務員を大幅に減員させる等目を見張るものがありますが、税務職員だけは増加させ、一九八三年に二、二〇〇人特別増員し、更に、八七、八八、八九年度に各二、五00人増員を予定しています。(前記福田幸弘著「税制改革の視点」六頁七頁参照)これに比し、我が国の税務職員の増加は微々たるもので、税務職員は大幅に不足しており、そのため、定期的税務調査を対象者全員に対して毎年実施することは到底不可能であり、三年ないし五年に一度しか調査が実施されないと言われており、その調査率は、所得税が約四パーセント、法人税が約一〇パーセントという低い調査率にならざるを得ない実情です。しかも、我が国ではいわゆる法人なりした方が個人よりも税の面で有利なので、外国に比して法人の数が非常に多く、昭和六一年九月二二日国税局発表の「法人税白書」によると、二〇一万八、〇〇〇社(西欧では各国五〇万程度あるいはそれ以下)に上る法人があるのに、その内半数以上が赤字申告という異常な状態になっており、全法人の九・六%を調査しただけで、八二・九%を占める一六万一、〇〇〇社が脱税しており、その逋脱所得は計一兆一、四八二億円に上っています。僅か一割足らずの調査でこの結果ですから、全法人を調査したらその額は一〇兆円前後になることが推計できるという結果になります。また、この調査で赤字申告法人の八三・三%が脱税していることが判明しています。その上、国税の滞納額は六、〇〇〇億円を越えているのですが、その調査や滞納処分は極めて不十分で、大部分の法人が脱税していることが分かります。(昭和六一年九月二三日付け日本経済新聞・読売新聞各朝刊、前記福田幸弘著六頁一二頁参照)

このように、全体の事業者に対する個人所得税、法人税の調査が不十分である上に、査察事件となりますと、査察担当職員の不足に加え証拠隠滅等をしている悪質事件程有罪の判決を受け得る立証の困難性が伴い、全体の脱税事件の中で、査察立件して告発され起訴される事件は非常に少なく、従って、脱税者で処罰される者は、九牛の一毛に過ぎないのが実情です。昭和六一年六月七日に発表されました国税庁の「昭和六〇年度国税白書」によりますと、昭和六〇年度において、全国の国税局が着手した査察事件は二五五件で、処理した事件は二五九件、その内検察庁に告発した事件は二〇一件(全体の七八%)で、告発件数が二〇〇件を超えたのは査察制度発足以来初めてですが、顕在・潜在の脱税事件の全体に比較すると誠に微々たるものです。また、この告発事件の内、所得税法違反が一一七件(五八%)、法人税法違反が八四件(四二%)となっています。(この点は、控訴審において立証します。)

その上、脱税事件で起訴される事件がすくないのは、必ずしも立証の困難性と税務職員が少ないためばかりではないのです。多額の脱税が判明しても、納税者に修正申告させて納税させるだけで、査察立件せず、また、立件しても告発されない事例も多いのです。周知のとおり、税務職員は守秘義務がありますから、このように告発されずに済む事件は外部に洩れないようになっています。しかし、例えば厳重な守秘義務がありましても、新聞に漏れることがあります。また、租税犯の特質として、脱税額が多額であっても、その手段・方法等が複雑・巧妙であれば告発起訴を免れるという大きな矛盾もあるのです。ここ二、三年の間に報道された多額の脱税のニュースから告発・起訴されなかった主なものを拾って見ると次のとおりです。

関東地方では、読売新聞昭和五九年八月二七日朝刊(関西版、以下同じ)に掲載された「タイトー」の約五〇億円の所得及び留保金約六〇億円の法人税の不正過少申告による四二億円の重加算税等の追徴(なお、同社は、五四年にも約九億円の申告漏れがあった旨報道されている。)、日本経済新聞同六〇年一〇月一日に掲載された「コモドール・ジャパン」の約三六億円の法人税の不正過少申告があり、関西地方では、朝日新聞同五八年五月二日夕刊に掲載された是川銀蔵氏の約二八億円の所得税の不正過少申告、サンケイ新聞同五九年二月五日朝刊に掲載されたサラ金業者の約一六億円の所得税の不正過少申告があります。しかし、これらの事件は、いずれも起訴されていません。

その他、東京地裁で同六〇年三月二二日判決があったいわゆる誠備グループ事件の被告人加藤暠にかかる所得税法違反事件では、判決において政・財・官界の顧客グループに脱税容疑のあることをほのめかしていますし、これら政・財・官界の顧客の裏付け捜査がされていなかったために、株の仕手戦による逋脱税額が二二億七、二〇〇万円余に上る大規模な右加藤の所得税法違反が無罪になっています。(判例時報一一六一号、週刊新潮六〇・四・四号一四〇頁、読売新聞六〇・三・二三参照)。

また、最近の報道によると、同六一年五月二〇日にサンケイ新聞夕刊によれば、武蔵野学院理事長がリベートなどで約三億四千万円の所得隠しをしていて税金の追徴をされていますが、告発・起訴はされていません。また、同年六月一九日毎日新聞朝刊には、かつて脱税で起訴・処罰されたことのある佐川急便グループの約三〇億円に上る多額の脱税が報道されています。読売新聞同月二〇日によると、その内、京都の佐川印刷株式会社のみ告発されたとありますが、他のグループの法人は告発もされていません。

更に、大企業の脱税は起訴されることが稀で、不思議と追徴金で終わっている事例が多いのです。昭和五九年一一月七日の読売新聞夕刊によると、「物産に追徴六五億円、外国税額の控除過大」という見出しで、大手商社三井物産が、加算税を含めた追徴額として昭和五七年三月期約一五億円、同五八年三月期約五〇億円計約六五億円を追徴されている旨報道されています。外国で払った税金は、国内の納税額から差し引く制度になっているのですが、この控除額を過大に申告していたと認定されていますが、単なる計算ミスという理由で告発になっていないのです。

また、奇妙なことに、前記のような多額の脱税事犯を報じた新聞も、これを告発・起訴しないことについて疑問も呈さなければ非難もしていないことです。昭和五九年二月二四日の日本経済新聞朝刊の「ザ・税務署」には、重戦車と機動隊と題し、査察を重戦車にたとえ、資料調査課を機動隊にたとえ、徴税の両輪とするのはよいが、「冒頭の社長(査察を受けた社長のこと)は、二億七千万円の法人税を脱税したとして起訴され、いま公判を待つ身。一方、二七億円の申告洩れを指摘されたK(是川銀蔵のこと)は、罪に問われたわけではないが、修正申告をよぎなくされ膨大な所得税を支払った」旨記載するのみで、右K氏が告発・起訴されなかったことを非難する記事は全く見当たらないのです。これが我が国の実情なのです。日本とアメリカの脱税に対する意識の相違する典型的徴表です。

四 まとめ

原判決は、脱税額が多額であることを重視して、アメリカ的思考により、かつ、一罰百戒の意味で、被告人を実刑に処したものと考えます。しかしながら、以上のとおり、欧米諸国特にアメリカとは、税制、国民性、法意識、法制を異にする一方、納税者としての権利行使も十分できていない我が国においては、アメリカ的思考による罰則の適用は適切でないと思料します。

また、前記のとおり、他に多数の多額の脱税者の伏在が確実視され、かつ、多額の脱税が発覚しても訴追されない者がいる現状において、租税犯の初犯者に対して実刑を科すというのは、一方は納税するだけで訴追もされず平穏な日を送り、一方は初犯で牢獄に投ぜられるという極めて不公平な裁判ということにならざるを得ないと考えます。また、我が国では、自主申告制度やマル優貯蓄制度のように、むしろ脱税を誘発するような税制が施行され、脱税を防止する税制が不備である上、脱税犯については極く僅かな者しか処罰されず、大多数の者が処罰されないという現状では、その僅かな処罰者の中のまた極く一部の者を実刑に処しても、一般的威嚇、一般的予防効果は極めて薄く、一罰百戒の効果がないばかりか、むしろ脱税の手口がより巧妙になって、かえって悪質事案が潜在化する虞すらあると考えられ、むしろ刑事政策上マイナス要素が多いので、我が国では、脱税犯の初犯者に対して実刑を課するのは好ましくないと思料します。また、租税犯特に直接国税逋脱犯の特質・その実務面の取り扱いの実情等は前記のとおりで、このような実情にあるとき、租税犯の自然犯化を図るには、まず、より多くの違反者を処罰するようにするとともに、違反者を実刑に処すには、単に逋脱税額の多寡によるのではなく、犯行の動機・原因、犯行の手段・方法等の情状もよく考慮するとともに、違反者を実刑に処した場合の国及び国民全体の利害得失と、執行猶予にした場合の国及び国民全体の利害得失を比較衡量して慎重に決すべきであると考えます。

このような観点から、長年直接国税違反事件に関与してきた経験に徴し、脱税事件の初犯者に対して実刑を課すべき事案は、次の諸条件を多く備えた真に悪質な事件に絞るべきで、その他の者に対しては執行猶予の恩典に浴させて、国民全体のために今後より多く納税できるように事業を発展さすことが国及び国民全体のために最も良策と思料します。

1 脱税額が多額で、逋脱率が高いこと

2 犯行の主たる動機・原因が私利私欲のためであること

3 犯行の手段・方法が悪質・巧妙で、通常の税務調査では発見が極めて困難であること

4 調査・捜査着手後、犯行を否認し、証拠隠滅を図ったりして調査・捜査を妨害したりして改悛の情がないこと

5 脱税した税金、重加算税等を支払わず、又は浪費等したために支払いの見込みがないこと

6 被告人の存在の不可欠性がないこと

7 再犯の虞があること

このような諸条件を多く具備した事件は、例え租税犯の初犯者といえども、実刑に処せられてもやむを得ないと思料しますが、脱税額が多額で、逋脱率が高いだけで、その他の情状が憐諒すべきものであり、実刑に処することにより、納税者の担税能力が減退するような事案は、国民全体の利益になりませんから、執行猶予にすべきであると思料します。

これを本件について見ると、前記諸条件の内、僅かに1記載の要件しか具備していません。

検察官は、一般に処断刑の重きをもって良しとする風潮があります。それは、処断刑が重ければ重い程、犯罪の一般威嚇・一般予防の効果が大であると考えているからです。しかし、文化未開発の時代は別として、今日のように、教育が進歩・普及した時代には、果して、処断刑が重ければ重い程、犯罪の一般威嚇・一般予防の効果がより大であるといえるのでしょうか。否、実際はその逆であると言わなければならないのです。

人命は地球よりも重いと言われています。従って、犯罪の中で、最も重い罪は殺人罪と言わなければなりません。その殺人罪が、戦後昭和三〇年代までは、一人殺しても死刑になった事例が多かったのですが、寛刑化の一途を辿り、最近では、被害者に全く落ち度のない連続四人殺し事件の「永山事件」についてすら、東京高裁が一審死刑を破棄して無期懲役にし、全国的に話題となりました。このように、悪質重大な犯罪が寛刑化傾向にありますが、そのために、凶悪事件がより多発しているかと言えば、むしろ減少傾向にあるのです。先進諸国の中で、日本程凶悪犯罪が少ない国はないといわれ、先進諸国の羨望の的になっていることも有名で、公知の事実となっています。我が国のような風土・単一民族の国民では、重罰にすることは、かえって国民の心を暗くし、犯罪をより悪質な手口にする虞があります。行政犯である租税犯においては、より一層その感を深くします。

ここで、特に考慮すべきことは、租税犯の特質から考えて、角を貯めて牛を殺すことのないようにすべきことです。

租税犯の自然犯化の意識を高めるために、租税事件を出来るだけ多く検挙して起訴することはよいのですが、処罰の重きをよしとして、事業の経営者に対して、租税犯の初犯者であるのに実刑を課すことは、余ほど慎重に行わないと、その事業の担税能力を減退させ、ときには担税能力がなくなる虞がありますから、実刑を課すことにより、かえって国民全体が損害を被ることがないように配慮すべきです。

大企業のように、社長が変わりましても、組織で動くところは、そのような虞は余りないと重いますが、中小企業は、オーナー社長が多く、その社長の手腕・力量により、事業の盛衰が左右されます。特に、昨今のように、円高で世界的デフレの低成長期を迎えますと、中小企業のオーナー社長の手腕・力量が特に問われるところです。その上、被告人は、前記のとおり、「大阪環境」経営上、一日も欠かすことのできない存在で、被告人の力で実行しなければならない設備投資等の大事業が山積しています。被告人の犯した罪は軽くはないのですが、若し、被告人の実刑が確定して服役するようなことになりますと、たちまち「大阪環境」の経営が混乱し、折角年間四億円以上の法人税を納税できるようになった「大阪環境」の担税能力は激減することが必至であるばかりでなく、経営そのものが危殆に瀕する虞すらあるのです。処罰の重きを良しとして、角をためて牛を殺す結果にならないようにすべきではないでしょうか。

また、本件のような行政犯ではなく、殺人・窃盗等の純然たる自然犯でも、犯行の動機・原因に憐諒すべき事情のあるときは、担当処罰の際に考慮されるのではないでしょうか。人の命は地球よりも重いとよく言われています。その殺人事件でも、動機原因に憐諒すべき事情があるときは、嬰児殺に見られるように、時には起訴猶予処分に付することすらあるのです。

第十二 おわりに

被告人は、九才にして母を失い、幼児から遊女の義母に育てられ、十五才にして父をも失い、悲惨な家庭環境であった上に、終戦次いで戦後の混乱期に遭遇して、青年期に前科を重ねましたが、三五才で翻然として目覚め、それから重い重い十字架を背負いながら二六年間死者狂いで働き、「大阪環境」を今日の会社に育ててきました。

その間、業務上で大変お世話になった松田慶一氏が大阪府会議員の選挙に出馬した際、義理と人情に絡まれてその選挙違反を犯しましたが、その他は全く真面目に仕事一途に働いて参りました。一〇年余り刑務所暮らしをした者が更生して立ち上がることは、自業自得とはいえ極めて困難なことで、筆舌に尽くし得ない苦痛を味い、苦難の道を歩んできたことは想像に難くありません。刑余者が通常正業に就職することは困難なことが多く、まして被告人のように、青年時代度重なる罪を重ね、長期間強制施設に収容されてきた者は殆ど社会から疎外され、挙げ句の果ては、暴力団等に入り、アウトローの社会で一生暮らすようになることが多いものです。

しかるに、被告人は、このような大きなハンデーを背負いながら、しかも三五才になってから何とか立派な社会人になって立ち直ろうと決意し、それには、人の嫌がる社会の底辺の仕事といわれている廃棄物の処理業で身を立てようと決心して、建設廃材の産業廃棄物処理業を発案し、ホコリとゴミの中で、汗と油を流しながら死者狂いで働き「大阪環境」を設立し今日に至りました。

本件のような大きな脱税の罪を犯したことは誠に申し訳ないことでありまして、被告人もその罪の重さを十分認識し深く反省していますが、その罪は罪として、当職は原審弁論の際にも申し上げましたとおり、被告人から本件を受任し、被告人の生立ちから今日までの努力の経過を聞いたとき、一種の感動すら覚えました。「大阪環境」の社員はもとより、妻子にも自己の過去の過ちを秘匿して、耐えに耐えて今日まで社会のためになる正業を営んできたその精神力と忍耐力と事業にかける心意気に感動したのです。被告人が如何に立派な人間に立ち直って更生しようとしても、被告人の過去を知った者は何人も被告人を雇傭しないと思います。また、被告人が事業を始めたとき、被告人の過去を知ったならば、事業資金を貸与してくれる人があるでしょうか。被告人のような境遇にある者として、社会的に認められる人間になるために頼れるのは自分自身の力と金しかなかったのではないでしょうか。被告人が更生を自分自身に誓って、社会の底辺の人が従事すると言われていた廃棄物処理業を終生の仕事として、過去を精算し、自分の努力により懸命に資金を蓄積し、仕事の実力で信用を築き上げ、被告人の個人保証により前記のとおり正規の金融機関から一〇億円を超える融資を受けられるようになり、全国一の産業廃棄物処理業者となって、幾多社会に貢献してきた業績を思うとき、その忍耐力、先見性、決断力、実行力のすばらしさに只々驚嘆しました。

ただ、その手段として被告人が犯した脱税の刑責は軽くなく、被告人も十分その責任を痛感しているのであります。しかし、端的に申し上げて、被告人が若し脱税をして資金を蓄積し設備投資を継続してこなかったならば、到底社会的貢献度の高い年間四億円以上の法人税を納付できる今日の「大阪環境」の存在はなく、被告人が単に当初の産業廃棄物の収集・運搬業のみに終始していたならば、脱税で処罰されることがない替わりに、その収益は微小で、一生涯かかってもその納税額は微々たるものに終っていたことは確実です。

また、本件のような大罪を犯すに至った動機・原因・誘因等は前記のとおり、設備投資資金の蓄積等のためであって、私利私欲からではなく、また、被告人の社会に対する貢献度、今度更に国民全体の利益のために多額な納税を続けて貢献すること等を勘案するとき、単に、脱税額が大きいということだけで実刑に処するのは、余りにも酷ではないでしょうか。

税法違反は、国の微税権の侵害であり、国民主権の我が国にあっては、国民全体が被害者であります。被告人は、本件で、「大阪環境」及び株式会社サンワ分を併せて八億七、〇〇〇万円余の法人税を脱税し、国民全体に対し、被害をかけました。その行政罰として、既に右本税を含め、付加税・追微金・重加算税を併せ合計約一九億七、〇〇〇万円余を納付し、また、本件で「大阪環境」が罰金二億円、株式会社サンワが罰金一、二〇〇万円に処せられましたので、この分は控訴せずに全額納付しました。これを合計しますと、約二二億円になります。被告人は、このように被害者である国民全体に対し、微税権を侵害した経済的損害については十二分に償っています。

脱税事件は一般の財産犯と異なりますので、被害の償いをしたからとてそれでよしとするものではありませんが、被害者である国民全体に対する財産的損害は十分に償っていると思います。更に、被告人は、本件の罪を犯しましたが、逋脱した財産は浪費することなく、「大阪環境」のために蓄積していましたので、会社設立以来蓄積してきた全資金を公表帳簿に計上いたしました。また、原判決で指摘された被告人の高級家財等は、国税局の計算で被告人個人資産と認定されたのでが、原判決を尊重して、この家財を全部処分して、これに私財九、五〇〇万円を加え、前記のとおり、主として身体障害者の社会福祉の充実のために各種施設等に寄付しました。また、被告人の努力により、今期の「大阪環境」の法人税の申告だけでも四億円以上の法人税を納付することができましたし、今後更に業績が向上する公算が大きい立派な「大阪環境」を育成することができました。

このように、「大阪環境」及び被告人は、本件脱税で国民全体に対し、多額の損害をかけましたが、その反面、それを経済的には相当上回る貢献をして国民全体のために寄与しましたし、また本件脱税事件が度々新聞に大きく報道されたため、被告人は社会的制裁を十分受けていますし、一審で実刑の言い渡しを受けたため、日々想像に絶する精神的苦痛を十分に受け続け、深く深く反省させられていますので、「大阪環境」にとってその存在が一日も欠かすことのできない被告人に対し、執行猶予の恩典に浴させたならば、その感動は絶大で、特別予防的効果は極めて大であり、今後その優れた先見性と商才を活かして努力させたならば、「大阪環境」の納税額は、今期より増加しても減少することはなく、将来にわたり国民全体のために大きく貢献できるものと確信いたします。

被告人の犯した罪は重いのですが、前記のとおり、このような多額の脱税に発展した責の一端は、長年にわたって税務調査を怠った税務当局にもあるのではないでしょうか。国民全体の奉仕者としての公務員が、困難な同和対策のための確認事項とは言え、その職務を正当に行使しなかったことは明らかであり、そのため国民に損害を加えた責任の一端があるのに、被告人に対し、査察着手するまでに、一度の行政指導もなく、注意・勧告もなしに、突然査察着手し、その結果、会社設立以来の簿外資産全部を積極的に提出し、国税局調査どおりの税金及び重加算税等を全額納付して改悛の情が顕著である被告人を実刑にまで処すことは酷であるばかりでなく、そのために、「大阪環境」の経営を混乱させてその担税能力を激減さすことが果たして国民全体の利益になるのでしょうか。

被告人には、以上、屡々述べましたように、憫諒すべき情状が数多く存在します。被告人は、本件査察着手後、被告人として可能な限りの誠意を示し、捜査に協力し、原審ではその公判審理の促進にも協力して情状証人すらも申請せずにひたすら恭順の意を表してまいりました。このような被告人こそ、特別予防の見地から、刑事政策的記憶をして被告人を感動させ、現在六一才の被告人に、後少なくとも一〇年は社会のため、国民全体のため、一一〇名の従業員のため、また、幼い長男のために、一生懸命働いてもらい、より一層「大阪環境」の業績を向上させて多額の納税を続けさせることが、むしろ国民全体のためになるのではないでしょうか。また、六一才を過ぎている被告人に対し、矯正施設内で処遇するよりも、社会内処遇をする方が、矯正施設を知り尽くしている、被告人なるが故に、その感動は極めて大きく、行刑上にも絶大な効果があるのではないでしょうか。

以上、諸般の情状をご斟酌賜りまして、原判決を破棄して、被告人に対し、是非とも執行猶予の判決を賜りますようにお願いいたします。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例